【第14回】間室道子の本棚『愛なき世界』三浦しをん/中央公論新社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『愛なき世界』
三浦しをん/中央公論新社
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主人公は本郷にある洋食屋の見習い店員・藤丸。
彼は近所のT大の大学院で植物学の研究をしている本村に恋をする。
だが告白するも玉砕。「私はだれともつきあわない」と彼女は言う。
なぜなら、植物には脳も神経も思考も感情もない。
人間が言うところの「愛」という概念がない。
それでも旺盛に繁殖し、生きている。
自分は、そういう世界の研究にすべてを捧げると決めた。
だからだれともつきあうことはできないし、しない、と言葉を重ねる彼女を、「さびしい」と藤丸は思う。
フラれた経験はいままでにもあり、「彼氏がいる」「お友達でいたい」が理由だった。
「愛なき世界のために、ひとりでいる」なんて初めてで、不可解で、謎。
もっと知りたい、彼女と、彼女をそれほど惹きつける植物のことを――。
かくして洋食の出前を口実に、本村はじめ個性的な研究室の人々と藤丸の、素っ頓狂な交流は続く。
「思いはいつかは成就するのか」がだんだんどうでもよくなるのが読みどころ。
だって本村が心底行き詰まった時、大逆転のまなざしを与えてくれるのは、彼なんだから。
研究が即、特許や利益につながりやすい分野には人やお金が集まるし、予想どおりの結果を出し続ける実験は効率的。
でもこれじゃあ「こいつならイケる」と100%自信のある相手にのみアプローチする恋愛のようで、手っ取り早いかもしれないけど自分を超えていかない。
思いがけない事態の出現を面白がり、失敗したって後悔はせず、次に向かって前進する。これが、料理、研究、「そして、人生だ!」と読者の誰もが心の中で叫びたくなるだろう。
ひとりの男の恋心に添いつつ、大きなものを読ませてくれる。
三浦しをんさんのあらたな代表作。