【第10回】間室道子の本棚 『静かに、ねぇ、静かに』 本谷 有希子/講談社

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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静かに、ねぇ、静かに
本谷 有希子/講談社
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テーマはネット。
3つの物語が収録されており、それぞれの主人公たちがラインやインスタグラム、
ネット通販、動画配信にのめり込んだその先が描かれていく。
私が最も驚かされたのは、一話目の「本当の旅」だ。

主人公はSNSの仲間と三人で海外旅行に出る。
待ち合わせの羽田空港で二人の姿が見えても足を速めることなく、
まず「待つ彼ら」を撮って相手に送る。
仲間も即「柱の陰に立つこちら」を見つけて写真を送って来る。
そしてこの後どうするかをラインでやりとり。

道中いくつかのトラブルがあるが、彼らは平気だ。
動画を撮り、編集してしまえば失態なんてなかったことになるし、
編集なしでそのまま送れば仲間が感じているであろう恥ずかしさ、
いたたまれなさをテレビの中のことのようにできるのだ。
彼らの口からは
「あらゆるものに感謝」「疑う自分、弱い自分、未熟な自分を克服」
という前向きだが何とも薄っぺらな言葉がたくさん発せられる。

ここにあるのは謙虚さではなく
「主導権は僕にあるから!」
という幼稚な宣言だと思う。
自分をいらだたせるもの、不安にさせるものに
「ありがとう!」「至らなさは知ってます!」
と言ってしまえば、相手はもう攻撃してこないだろうし、こちらが傷つくこともない。

主人公たちにとって、ままならぬ現実はすべて「アウェイ」なのだ。
というわけで3人の旅は逐一加工され、編集され、撮られたことだけが「本当」となる。
手のひらサイズの旅。点けたり消したりできる目の前。
しかし「ホーム」である日本ではかろうじて通用してきたこんなやり方が、
海外の現実=アウェイのアウェイで通用するはずもなく......。

冒頭で「驚かされた」と書いたのは、
この話が「やはりリアルが大事」とか「ネット依存はやめよう」
という目的で書かれたものではないと思えるからだ。
怖いのは、「これのどこが悪いの、ねぇ、どこが?」という声がけっこうな数寄せられそうなこと。
作者が書きたかったのは、強烈なこの苦さだと思う。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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