【第5回】間室道子の本棚 『TIMELESS』 朝吹 真理子/新潮社

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『TIMELESS』
朝吹 真理子/新潮社
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この作家はあいかわらず、流れるものに心ひかれているんだなあ。
朝吹真理子さんの最新刊『TIMELESS』を読んでそう思った。

デビュー作『流跡』は、場面も主人公もどんどん変容してゆく話であったし、芥川賞『きことわ』は、二人の女の子・貴子(きこ)と永遠子(とわこ)の幼い頃の記憶と二十五年ぶりの再会の物語。互いの髪や体がもつれ、どちらがどちらの腕か足か髪か影か、わからなくなった車中の思い出や、相手は覚えているのにこちらは覚えていない自分自身のこと(死ぬ前に何が食べたいか聞いたとき、貴子が紅しょうが、と答えたことを、当人は忘れているのに永遠子は覚えている)など、彼方と今は境界をなくし、二人の女性に不思議な豊饒さが満ちてくる。

『TIMELESS』は「かたちをなくす」がテーマだと思った。
友だちをつくるとか結婚するとか家族になるとかの場合、
わたしたちはできるだけかたちを与えようとする。そうすれば強固になると思うからだ。
でも登場人物たちの関係はどれもゆるやか。無機的でもある。

前半の「TIMELESS 1」では、ある事情から「好きなひとと子供をつくるのはこわい」という高校時代の同級生の男「アミ」に対し、主人公「うみ」は、恋愛感情がないことを確認しあい、夫婦になり、交配しよう、と誘う。結婚した二人が散歩する夜の東京には、江戸時代の家光の母「江」の葬儀や永井荷風の愛した女の土地の記憶が浮かび上がってくる。後半の「TIMELESS 2」は2035年の話で、うみの息子「アオ」が主人公。彼には「あとからできた姉」がいるし、京都で「家に化かされる」。順序や時代が溶け出すのだ。

読み進むうち、読者も小説内の時間にひたり込む。
そしてときどき、妙に頭に残っている言葉――「Mのマークのビル」だとか「ラクトアイスのうす甘い味」だとかが再び出てきて、「前にも見た」「どこで出た?」とフラッシュバックを起こす。私たちは物語が「ここまで来た」と感じるとともに、いとも簡単に「あの時点」に引き戻される。登場人物がふいに過去に生きたり、思い出と現在が等距離になったりするのと同じ体感を、読み手も味わうのだ。洗練された強引さで、うむをいわせないやわらかさで。これがとても不思議な味わいを残す。

この世とあの世の境目がなくなるお盆の時期なんかにいいな、と思える、オススメの作品。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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