【第3回】間室道子の本棚 『ボクシング日和』 角田 光代/角川春樹事務所

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ボクシング日和』
角田 光代/角川春樹事務所
 
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今回はイベントリポートです!

人気作家の角田光代さんをお招きしてお送りする「角田光代のかくかくしかじか」。
2018年6月21日(木)夜7時より開催のvol.5は、
エッセイ『ボクシング日和』(角川春樹事務所)刊行記念。
内容が面白いとともに、驚きがたくさんあるエッセイ集でした。

前半のトークのお相手はいつものように当店文学コンシェルジュ。
まずは角田さんのボクシングジム通いのことからお聞きしました。

角田さんがボクシングジムに通っていることは有名で、
その動機が失恋だということも有名です。
ふつう女性は心が壊れるような思いをすると、「心癒されたい」となり、
セラピーだのヒーリングだのに行きがちですが、
角田さんは「心を強くしたい」と思った。
またふつうの人間は、心を強くしたいとなると「メンタルを鍛える」となり、
カウンセリングや緊張と不安を克服するためのノウハウ本などに走りがちなのだけれど、
角田さんは「心を強くするためには体」となり、ボクシングを始めた。
この、通常の人が一直線で走るところを二回転ひねりして別なところに着地しちゃった、
という感じがとてもユニークだと思いました。

これについて角田さん曰く、
「とにかく自宅から徒歩で行けるところ、と考えました。
 "電車に乗って"だとそのうち行かなくなってしまう。
 たまたま一番近かったのが元世界チャンピオンの輪島功一さんのジムで、
 地下にあって、中でなにが行われているか見えないんです(笑)。
 最初に行ったのが昼なかで、おじいちゃんおばあちゃん、若い女性たちがけっこういて、
 意外にやわらかい雰囲気で、入門しました」

そうしてジムに通ううち、練習生の試合を見に行くようになり
「観戦」ということに興奮しだした角田さん。
エッセイが、素直に心を開いた書き方をしていることがとても新鮮でした。
つまり、わからないことはわからない、とそのまま書く。
知らないことは知らない、とだけ書き、調べない。
あと、覚えられないことは、覚えない。

こんな本書の前半部分の連載先が『ボクシング・マガジン』ということに仰天でした。
自分の位置を「観戦素人」とか「観戦記ともいえないような感想文」
と書いておられる角田さんですが、
それをプロ中のプロ、マニア中のマニアの雑誌に載せるって、こわくなかったのかな?

この問いについては
「こわかったですねー(笑)。
 連載には裏話があって、私の作品に『空の拳』『拳の先』というボクシング小説があるんですが、
 名もなき町のジムから世界戦に挑戦する若者を出すにはどうしたらいいか、
 私にはわからなかった。
 それで『ボクシング・マガジン』の編集長を紹介してもらって、
 いろいろお聞きし、お話ししていくうちに、
 "うちでエッセイを書いてみませんか"って言われて......。

 ほかの書き手の方は、ボクシング用語やボクシング独特の言い回しを使って書いてらっしゃる。
 自分にはそれはできない。それで、あるスポーツを初めて見る、ふれる、
 という時の驚きや新鮮な感情をそのまま書こうと思いました。
 うれしかったのは、連載スタート時の『ボクシング・マガジン』の表紙に、
 "八重樫東"とあり、その真下に"角田光代"とあったんです!!
 これにはもう、"うおおおおおお"でした!!」
と目を丸くし、満面の笑みを見せる角田さん。会場からは笑いと拍手が!

トークの後半は、開演前に会場から投稿された質問に角田さんがお答え。
盛り上がったのは
「高校に入学した息子が驚いたことにボクシング部に入学しました。
 息子の部活を見守る上で、家族として注意すべきこと、
 心がけることがあれば教えてください」
というご夫婦でイベントに来ていた方からの投稿。

「心強く、落ち着いて応援することですね。
 息子さんが殴られているのを見に行くわけですから、
 最初はこわいかもしれないけど、落ち着いて。」

トーク後のサイン会にもたくさんの方が参加してくださり、
興奮気味に感想を話すファンおひとりおひとりに笑顔で接していた角田さん。

「息子がボクシング部に」のご夫婦の番では、お二人の名前を本に書き添えながら
「将来この名字のボクサーが出てきたら、応援しますね!」

ご夫妻のみならず、周りのファンや編集者さんたちも歓声をあげたすばらしきご対応!
皆様大満足の一夜となったと思います。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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