【第40回】間室道子の本棚 『ここから世界が始まる: トルーマン・カポーティ初期短篇集』 トルーマン・カポーティ/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ここから世界が始まる: トルーマン・カポーティ初期短篇集』
トルーマン・カポーティ/新潮社
 
 
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カポーティが高校時代から20代前半に書いた短篇集。おしまいの村上春樹さんの解説に、モーツァルトがでてきた。カポーティとモーツァルト、どちらも「神童といえばこの人」であり、「若い」という形容詞を使うのがためらわれるぐらいの年齢から創作を始めていた。
 
(調べたところモーツァルトは5歳で最初の作曲を始めたそうだし、本書のヒルトン・アルスの作品解題には「カポーティは“8歳で作家になった”と言ったことがある」とあり、デイヴィッド・エバーショフの編集後記では「“本気になって書きだしたのは11歳の頃だった“と言ったことがある」とのこと)
 
ふたりについて、私が注目したのはスピード。歌人の穂村弘さんが言っていたのだけど、「モーツァルトが作品を作るのにかかる時間は0秒」だそうだ。「譜面を書くのに時間がかかるだけで、インスピレーションをキャッチしたらもうできあがっている。彼は一瞬で作曲した」というのである。
 
本書もそんな感じで、NYの公共図書館に所蔵されている原稿には推敲の跡が随所に残っているそうだけど、「何ヶ月も悩みぬいてやっとできました」ではなく、手書きに(あるいはタイプライターを打つのに)時間がかかっただけで、最初の1行が見えたら最後の1行までまっしぐら、という読み味。実際のところはうんうんうなった、苦労した、時にはペン(あるいはタイプライター)をブン投げた、かもしれないけど、「ささっとやったらできちゃった感」がすごい、フレッシュな短篇たちである。
 
感想としては、よく人が死ぬなあ、と思った。特に子供や動物、虐げられている人がけっこう死ぬ。これは「若いから命を軽々しく考えているのだ!」ではなく、カポーティが幼少時代をすごした1920年代のアメリカ南部では(そして昔の日本でも)、ちょっとした事故や、「自分たちの中にへんな人がいたら追い回してもかまわない」という風潮のために、命を亡くす弱いものが珍しくなかったのではないかと思う。たいていの人はそんな「昔」を忘れてしまう。自分たちは最初から清潔でリベラルだったとすましていたい。カポーティは覚えていて、書いた。
 
人生には怖いことがいっぱいで、油断をすればすぐそこに死がある。十代の彼はそんな世界を、書くことで生きようとした。表題作「ここから世界が始まる」の主人公の女の子がカポーティと重なる。彼女は想像力の嵐の中、ラストシーンで言うのだ。「すべて記録するまでは現場を離れません」
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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