【第45回】間室道子の本棚 『マジカルグランマ』 柚木麻子/朝日新聞出版
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『マジカルグランマ』
柚木麻子/朝日新聞出版
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主人公の正子は女優で、映画監督の浜田壮太郎にプロポーズされたのを機に20代でいったん引退。しかしかなり切実な生活費稼ぎのために70代半ばでカムバックし、再デビューはこれ以上ないほどうまくいったが・・・から始まるお話だ。正子の家に押しかけてきた監督志望の杏奈、近所のゴミ屋敷に住む野口さん、正子のあこがれ・先輩女優の紀子ねえちゃん(80歳でついにハリウッドデビュー!)など個性的な面々が登場し、騒動を盛り上げる。
ユーモア小説のようだけど、シリアスなテーマとしてずばり「マジカル」がある。プロダクションに面接に行った正子は大好きな映画『風と共に去りぬ』について、若い女性ADから「マジカルニグロ」という言葉を聞き、衝撃を受ける。
現在のハリウッドでは、白人を助けるため魔法使いみたいになんでもしてくれる黒人キャラクターをあえて差別用語を使い「マジカルニグロ」と呼んで批判する。「マジカルゲイ」は、女性主人公の恋愛や仕事をひたすら陽気に支える女言葉の男性キャラクターのことだ。正子は世間が自分に求めていたのはステレオタイプの、従順な、都合のいいおばあちゃん=マジカルグランマなのだ、と気づき、愕然とする。
正子と『風と共に去りぬ』に似たショックは、私も経験している。ネットで「カルピス 黒人女性」で検索すると昔の広告がでてくる。ボードビルふうのハットとスリムタイをつけた絵で、私は子供ごころになんてかっこいいんだろう、と思っていた。でも80年代「これは黒人差別なのだ」となり、消えた。そして絵本の『ちびくろさんぼ』。これも差別と糾弾され、一時絶版になった。(現在は復刊している)
『マジカルグランマ』の正子は図書館で黒人問題の本(小学生向けだけど)を借りて熟読し、原作を読み直し、映画も観返した。奴隷という境遇に憤らず、ひたすら明るくヒロインのスカーレット・オハラに尽くす乳母のマミーを見て屈辱を感じたり傷ついたりした黒人がいただろうと理解し、今までの無関心を悔やんだ。でもなお正子は、『風と共に去りぬ』が大好きだ、あれは傑作だ、という気持ちを打ち消せないのである。
いまだに私も、「レトロ・シック」と聞くとカルピスのあの絵がまっさきに思い浮かぶし、今の広告がみんな「ゆめかわ」「ゆるふわ」な感じの中、大人の粋ってああいうことだ、と思う。あと、トラが木の周りをぐるぐる回っているうちにバターになる、という展開はすごい、さんぼが家族と食べるトラのバターのホットケーキは世の中の絵本の中でもっとも心ひかれるごちそうだ、という考えに変わりはない。
「炎上するかも」という予測なしにやばいものを広めてしまったのなら危機管理能力がなさすぎる。でも自信をもって世に出したのなら、バッシングされた時、相手に意図や考えをわかってもらおうとすべきではないか。傷ついた人が発生しているので、「うちは悪くないです!」という「反論」ではない。不快だと受け取られたものへの、こちらの「愛」を語るべきだと思うのである。
ハリウッドや「マジカルニグロ」という言葉を教えてくれた若いADに直接は言えないけれど(なにせオーディションは落ちた)、正子は今や同居人と化した杏奈に、『風と共に去りぬ』の一件を話し、懸命に気持ちのひとつひとつを言葉にしてみる。
大切なもの、そして正子自身にこの先に待ち構えているさまざまな「マジカル」への打開策やいかに!?読み味は軽快だが読後何度も思い出し、考えさせられる作品。