【第46回】間室道子の本棚 『中野のお父さんは謎を解くか』 北村薫/文藝春秋
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
* * * * * * * *
『中野のお父さんは謎を解くか』
北村薫/文藝春秋
* * * * * * * *
北村薫先生の小説の楽しみは、「芋づる式」であること。ひとつのできごとから、あれもこれもと興味深いお話がぞろぞろ出て来るのである。
「雑学」とは違う。"雑"ではなく、「先生はこんなことをご存知なのか、すごい」「私がこれを覚えておいたら、本が豊かに読めるなあ」という滋味ある逸話なのだ。「サービス精神」でもない。サービスとは本来なくていいところにくっつけること。北村先生の芋づる式は「くっつける」じゃなくて「出ちゃう」。
昔の建築家で「建物は地面から生えているように建てるべし」と言った人がいたそうだけど、現代日本のビルやマンションは「壊すために建てる」というか、どうしても買い手に新築嗜好があるため、建てる時にあらかじめ壊しやすい構造になってらしい。筋だけが読みどころで最終ページまで行けばもう用はなし、と読み捨てられる本を思うとき、私は「ああ、あのビルはどこに」の味気ない更地を思い出す。
閑話休題、北村作品は地面から生えている。根を深くして出てくる。その地面とは、本だ。
『中野のお父さん』シリーズにそれがよく出ている。主人公の美希は文芸誌の編集者で、日常の小さなものから文学史上の大きなものまで、謎を中野の実家に持ち込む。国語教師で古書店巡りが趣味のお父さんが豊富な知識で挑んでくれるのだ。
シリーズ二作目の本書『中野のお父さんは謎を解くか』の三話目、「ガスコン兵はどこから来たか」では、江戸川乱歩の挿絵画家・松野一夫に始まり、グレゴリ青山のコミック、太宰治の「春の盗賊」に出て来る謎の言葉「やって来たのはガスコン兵」、その原点となったフランス文学、そして「春の盗賊」にはいろんな作家と作品名が出て来るのに、なぜ太宰は「ガスコン兵」の原点だけを出さなかったのかまで、芋づる式展開が楽しい。
また、一話目の「縦か横か」では、美希が担当したことがあるベテラン作家が大きな賞を受賞。登壇した彼の喜びのスピーチは、『クオレ物語』から「怪盗ルパンシリーズ」の訳者・南洋一郎の秘密まで、生き生きした連なりを見せた。
そして、書いて貰った賞なのに、スピーチが、「本たちから、<今まで飽きることなく、よく読んで来たね>といってご褒美がもらえたような気がします」と読むことの力で締められていたのが印象的。北村先生の読書愛が「出ちゃった」と思った。