【イベントレポート】84歳の世界最高齢プログラマー・若宮正子、人生最高は今! 『独学のススメ』刊行記念

82歳の時にiPhone アプリ「hinadan」を開発し、世界最高齢のアプリ開発者として大ブレイクした若宮正子さん。彼女の著書『独学のススメ』刊行記念トークイベントが、代官山 蔦屋書店で2019年5月19日に開催された。
現在84歳の若宮さんがプログラミングを学び始めたのは、なんと定年後のこと。しかも「独学」で、だ。
若宮さんは、毎日を楽しく生きるコツこそが、頑張りすぎない「独学」だと言う。定年後、人生をもっと楽しくする「やりたいこと」の見つけ方とは?

 
5月8日に刊行された『独学のススメ』(中公新書ラクレ)

 
 

パソコンが私に翼をくれた

若宮正子さん(以下、若宮):私は1935年に生まれ、物心ついたころには日本は戦時中でした。戦後は高校を卒業して銀行に就職しました。
当時、製造業では機械が使われるようになりましたが、事務作業は江戸時代とそれほど変わりませんでした。計算はそろばん、お札を数えるのは指、通帳はインク壺にペンを浸して書く。墨と硯がなくなったくらいです。私は不器用で、先輩からは「まだ仕事が終わらないの?」って言われたりしていました。

パソコンが出始めたのは、私が58歳の時です。当時は使い勝手が悪く、持っていたのは物好きなどほんの一部。私は新しい物好きでしたから、買っちゃった(笑)。
インターネットは普及していませんでしたから、通信回線によりデータ通信を行う「パソコン通信」をやっていました。そこで出会ったのが、老人クラブ「エフメロウ」です。新入会員向けのウェルカムメッセージに「人生60(歳)を過ぎると楽しくなります。」って書いてあって。”人生100年時代”とはいえ長生きしても面白いことがなさそう、なんておっしゃる若い方は多いけれど、私はあの言葉を見てから、ポジティブな気持ちになれたんです。

インターネットが普及した1999年にはシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」を開きました。しかしそのころ、母が要介護状態になりまして。おしゃべりで出かけ好きな私だけど、母のそばにいなければならない。

だからこそ、ネットで世間と交流を持てていたことがうれしかった。まるで翼をもらったみたいでした。母を介護する狭い部屋にいても、IT機器が私を広い世界へ連れて行ってくれました。

 
 
 

82歳でつくったiPhoneアプリ「hinadan」開発で有名人に

私がにわかに有名人になったきっかけは、2017年にアップル社から配信したiPhoneアプリ「hinadan」です。

つくった理由は、お年寄りにとって面白いスマートフォンゲームがなかったからです。スマートフォンが普及し始めたけれど、「お年寄りにはガラケーの方が使いやすい」という感想をあちこちから聞いていました。でも、面白いゲームがあれば手に取るきっかけになると思って。

若い人達につくるのをお願いしようとしたら、「お年寄りがどんなことを面白いと思うのかわかりません。教えますからご自分でつくってみては」と言われてしまって。80歳過ぎ、独学でした。聞きまくって、なんとかそれらしきものをつくったんです。


それからは、いろんなところからお声掛けをいただくようになりました。テレビや『クロワッサン』『週刊女性』といったIT記事が載ったことがないような女性誌など。

アップル社のCEOにも会いたいと言っていただいて、世界開発者会議「WWDC 2017」に招待されてシリコンバレーまで行ってきました。高齢者は指でなぞるということが難しくてスマートフォンが使いにくいことや、アプリをつくった話などを熱心に聞いてくださり、ハグをして「あなたには大変勇気付けられた」とおっしゃってくださいました。

 
 

高齢者が社会で活躍するにはIT知識が不可欠

こうして安倍政権の看板政策「人づくり革命」の具体策を検討する「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーにも選ばれ、2019年6月7日には金融庁が主催する「G20『高齢化と金融包摂』ハイレベル シンポジウム」にキーノートスピーカーとして登壇します。

何をお話しするかというと、私たち高齢者がもっとハイレベルで高次元な社会参加をするには、ITの知識が必要不可欠だということです。

従来の学校の草むしりなどももちろん大事な活動ですが、高次元な社会参加とは、町内会や商店街など地域活動の中心的な担い手になったり、つくった手工芸品を自分で通販サイトで販売する、株の購買をするなどの金融活動にかかわったり、理系の知識を必要とする最先端の農業に携わったりすることです。

ITの知識を得る足がかりとして、まずは84歳の私自身が、当事者として便利で使いやすいと思う最先端機器を体験して伝え、普及させることが大事だと思いました。そうすることで、高齢者もパソコンやスマートフォンなどの先端技術と仲良くなれるはずですから。



例えば、我が家でフル活用しているAIスピーカーは、物忘れに役立ちます。スケジュールをパソコンで管理して同期させれば、いつでも「OK、Google」の一声で確認できます。
単語忘れには、検索ソフトに関連用語を入れていくのがオススメです。「あー、あのスイーツ何だっけ?」と思ったら「フレンチ、ふわふわ、甘い」と覚えている単語を入力すれば、「スフレ」という単語を導き出せるようになります。
人の顔や名前が覚えられないという時は、顔認識機能で個人情報を表示するアプリ「Who is it?」というものも使えそうです。

ほかにも、高齢になると衰える耳や目に代わる機器、足が悪くなっても移動手段になる高さを簡単に調整できる車椅子など、高齢者に役立つ最先端機器はまだまだあります。

 
 
 

身近な困りごとはプログラミングで解決できる

また、ITの知識があれば、世の中の困りごとを改善できることも知っていただきたいです。

福井県勝山市にお住まいの猟師・谷川さんは、イノシシの獣害対策のためにプログラミングを学び、安価な子ども向けパソコン「Ichigo Jam」で罠を制作しました。年間92頭を捕獲し、県に表彰されました。
認知症のひいおじいちゃんを持つ高校生の男の子は、介護の負担を減らしたいと認知症の方をサポートするIoTアプリを開発しました。
ある工業高校の生徒さん達は、盲学校の生徒さん達のために、一人一人の見え方に合わせたアプリを開発しました。その中の一人の盲学校の生徒さんに対して「背景色を黄色、字を黒にすると読みやすいのでは」と気づいた工業高校の生徒さんがプログラムを組んだら、算数の問題が読みやすくなって答えが出せた、と盲学校の生徒さんとそのお母さんに喜ばれたそうです。自分が発見したもので感謝されるという経験が、その子の一生に大きな影響を及ぼすのだろうなあと思うと、とても感動しました。

 
 

生まれてから84年間で、今が一番成長できている

これからの時代は、人工知能と二人三脚で生きていかなければなりません。人工知能ができないことは、“創造する”ということです。ベートーベンが言いたかったことは彼の音楽を聴けば分かりますし、ピカソがどんな気持ちでゲルニカ描いたのかは、その絵を見れば分かります。“創造する”ことは、最も人間的な活動です。そして私は創造的な人間でありたいといつも思っています。

ALS患者の榊さんという方は、身体の筋肉が衰え、目以外は動かせなくなってしまいましたが、視線入力という技術を使って、目の動きだけですばらしい色彩の絵をお描きになります。そしてユーモアもお持ちで、一日中、お医者さんや看護婦さんだけでない大勢の方に囲まれているんです。
創造的であり、人間力がある方とは、こういう方をいうのだと思いました。榊さんの制作活動を技術的にサポートするロボット開発者の吉藤オリィさんは、「諦めが人を殺す」とおっしゃいます。人が人生の最後に後悔するのは、やってみて後悔することではなく、やりたかったのにやらなかったことだと。

私が老人会に行くと、「私は70歳だから何もかも卒業」とおっしゃる方が多いんです。でも、人生に”遅い”はない。私もパソコンを買ったのは60歳のころですし、生まれてから84年間でここ2年が一番成長できたと思っているんです。

みなさん、与えられた技術をフル活用し、自分自身をバージョンアップさせて生きていきましょう。歳をとると、髪の毛が抜け、歯が抜け、お友達が亡くなり、貯金がなくなり……いろんなものを失います。でも、そうしたら失ったもの以上の新しい知識や技術を身につければいいのです。社会が変わったと嘆くのではなく、社会の進歩を楽しみましょう。

 
 
【プロフィール】
若宮正子(わかみや・まさこ)

1935年東京生まれ。
東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)へ勤務。定年をきっかけに、パソコンを独自に習得し、同居する母親の介護をしながらパソコンを使って世界を広げていく。1999年にシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」の創設に参画し、現在も副会長を務めているほか、NPO法人ブロードバンドスクール協会の理事として、シニア世代へのデジタル機器普及活動に尽力している。2016年秋からiPhoneアプリの開発をはじめ、2017年6月には米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待される。安倍政権の看板政策「人づくり革命」の具体策を検討する「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーにも選ばれた。エクセル・アート創始者。

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