【第51回】間室道子の本棚 『夢見る帝国図書館』 中島京子/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『夢見る帝国図書館』
中島京子/文藝春秋
 
 
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この本を読んでハッとさせられたのは、「戦争が起きると図書館が苦しむんだな」ということ。
 
考えてみれば「悲しい当然」なのだが、開戦すると「本に回す金なんかあるかあ!」と図書館への予算が消滅してしまうのだ。西南戦争に始まり第二次大戦終了まで、所属や場所を変えながらなんとか生き残ってきた帝国図書館の歴史は、金欠の歴史でもあったのだ!
この「図書館の苦しみぶり」をとことん描くには、「図書館が舞台」を超えて、「図書館そのものが主人公」であるような書き方が必要。というわけで、まずは小説を書いているものの人にはおおっぴらに言えず、フリーライターをして収入を得ている女性主人公が登場する。彼女は現在「国際子ども図書館」になっている旧帝国図書館の近くで、風変わりな白髪女性・喜和子さんと出会う。
 
そして喜和子さんのおんぼろ家に間借りしている藝大生、昔愛人関係にあった千葉の元大学教授、その先生を差し置いて喜和子さんが浮気した上野の「ホームレス彼氏」など、さまざまな人たちとの交流のあいだに、主人公が喜和子さんに乞われて書き始めたらしい、図書館が自らを回想するお話「夢見る帝国図書館」が差しはさまれていく。
 
最初の館長補・永井久一郎の大活躍(この時若干23歳の彼は、やがて永井荷風の父親になる)、姫路から第一高等学校に入学するため上京してきた和辻哲郎と、のちに一高の後輩となった谷崎潤一郎が、閲覧室で洋書独特の匂いを嗅ぎ合うシーンなど、おおっと声が出ちゃう実名が登場して楽しい。
 
わたしの気に入りは、樋口夏子(のちの樋口一葉)に帝国図書館が恋する場面。ほかに稼ぎ手がおらず、一家の主として家族を養うことがのしかかり、若くして亡くなった彼女の人生のテーマは「本と金」。まさに図書館と同じであったのだ。
 
図書館は暑い夏の日、窓から風をいっぱい入れて、樋口夏子を癒す。彼女の閲覧証書に不備があるだの書き直せだの、わざとらしい意地悪を仕掛けた男性司書を廊下ですっ転ばせ、彼の必要書類を行方不明にし、咳の発作を起こさせるなど、図書館は夏子のために復讐するのである!
 
「本なんかに金を遣えるかあ!」の逆をいくようだが、戦争で真っ先に攻撃を受けるものの一つが図書館だ。歴史、文化が詰まった場所を一気に破壊すれば、その国は「なかったも同然」になってしまうのだから。
 
安心して本が読める今に感謝し、これからもこういう時代であれ!と強く思う。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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