【第53回】間室道子の本棚 『ゆるキャラの恐怖』 奥泉光/文藝春秋
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ゆるキャラの恐怖』
奥泉光/文藝春秋
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本って、いろいろ読まないとすごさがわからないことがある。たとえるならイチローのプレイ。長打にあっさり追いついてキャッチし、当たり前のように送球がキャッチャーまで届くので、「ふつうの選手じゃ無理だよ!」がわからないのである。
こんなことを思ったのは、まず先月、イマドキの若者言葉が出て来る某作品を読んだからで、ふつうの文章や会話に「まじっすか」だの「んなわけないっしょ」だのがまじるのだが、まあ読みにくくてしょうがない。この人物の口調のために、私は本じたいを読むのをやめた。
ところがである!下の下の下下下の大学「たらちね国際」に勤務するダメ男・桑潟幸一准教授、通称クワコーが活躍する最新刊『ゆるキャラの恐怖』を読んで、そうだ、奥泉光先生のこのシリーズにも若者言葉がふんだんに出て来るんだった、と思い出した。しかも、上記の某作品よりずっと多く長く続く。女子学生も男子もクセが強い女性准教授も、イマドキのチャラ男やオタク的言い回しでしゃべるしゃべる。
それが、ぜんぜん気にならない。地の文や通常のオトナの会話の中で浮かない。これがどんなにすごいことか、ヘタな例を読むまで気づけなかった。奥泉先生、ごめんなさい。
ようするにこれはジャズなのだ。楽器をテキトーに鳴らしている人とフリージャズの演奏はぜんぜん違う。全体のリズムをとらえながら不協を味わいにし、独特のフレーズ、テンポをかましながらぐいぐい進行。奥泉先生が名うてのジャズフルート奏者であることが、こんなところで活きてるんだ、と感動。
最大の魅力はクワコーのダメっぷりで、これも思えば稀有。ふつう、このテの人間が出て来るお話は読むといらいらする。それは「ダメ」に対して「まとも」が存在するからで、「あの人たちがあんなにまじめにやっているのに、おバカは弛緩しきって甘えてばかりいる」となんだか自分がソンしちゃったみたいな怒りがわいてくるのである。
ところがクワコーシリーズでは、「ダメ」に対抗するのは「ヘン」。クワコーの小心、保身、反省のなさ、事実の棚上げ、ケチ(あまりのことに伏字にするが、本作でクワコーはなんと●●を食べている!)に意見するどころか、彼の周囲にいる他の教授たち、学生たちは、クワコーのダメが純に見えてしまうほどの意外な方向性と飛距離でぶっ飛んでいる。
これも奥泉先生のジャズ精神のなせる業、といったらホメすぎか。本作でもシリーズおなじみの文芸部の皆さん――バスの車掌もどきの恰好をしている部長、はっきりとナースのコスプレをしているナース山本、謎のホームレス女子大生ジンジン、学生女子プロレスのドラゴン藤井などが登場。クワコーとともに(時に彼を置き去りにしながら)大学対抗のゆるキャラコンテスト(審査員はみうらじゅん!)に送り付けられた脅迫状や妨害行為の謎に挑む。
ミステリとしてもちゃんと成立しているのがまたすごく、犯人も予期してなかった結末を迎えるのが素晴らしい!