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【第55回】間室道子の本棚 『緋の河』 桜木紫乃/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『緋の河』
桜木紫乃/新潮社
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「書きたいことがある作家は強い」 これは楊逸さんが「時が滲む朝」で芥川賞を受賞した時の選考委員・池澤夏樹先生の言葉だ。『緋の河』を読んでひさびさに思い出した。物語の筋のほかに「この作品を何としても書き上げる!」という作者・桜木紫乃さんの熱量の伝わりがはんぱないのである!

主人公の名前は秀男。始まりは5歳。舞台は釧路で、男尊女卑が色濃く残る時代の、ザ・昭和の家。

小柄できれいな顔立ちをし、自分を「アチシ」と呼び、父と兄より母と姉に強く共感する秀男は、大きな玄関と格子窓、黒光りする廊下と階段、白粉の匂いが濃厚に漂う建物にいる華代と出会う。虜になった秀男は、覚えたての言葉を使い「アチシ、大きくなったらお女郎さんになりたいんです」と父親にストレートに夢を語ってぶっ飛ばされる。

学校では「なりかけ」「なよなよのおとこおんな」と呼ばれた。子供たちが得意げに使うそれは、大人たちからのからかいや見下しでもあった。しかし、祭りの仮装で秀男の美しさは注目の的となる。そして白い肌、きゃしゃな体のままで成長するにつれ…。

「お前は女になっちゃいけない、どうせなるのなら、この世にないものにおなりよ」 華代の言葉を胸にいろんな才能を開花させていく秀男はやがて、東京には「ゲイバー」というものがあることを知る。

「自信より自覚が大事」「嫉みなんて、こっちが持たなきゃただの追い風」「待つばかりの心はかなしい。追いかけ通しの愛情もある」
十代の体に四十女の魂を入れているような秀男の世の中の渡りっぷりが読みどころ。嫌う/好きになる、どちらにしろ、登場人物たちと同じく、読者の誰も秀男を無視できない。

苦労や努力は生半可ではなかったろうとひしひし伝わる。でもその上を行く物語の爽快さ。これはどこからくるのかと考え、人生ほぼ即決なんだと気づいた。秀男に迷いはない。あるのは決断だけ。

「人生の舵を自分で切り続けたひと」「生きることの答えが、生きてそこにあるのだから、たどり着きたい」などなど、小説のモデルになったひとへの作者の愛と尊敬が大爆発しているあとがきがすごい。大河小説って「少なくとも上・中・下本」とか「千ページ超え」とかいうイメージだけど、本書は534ページで、「あの幼かった子がここまでやってきたんだ」と大河並みの深い時間の経過とドラマの厚さを堪能できる。おススメです!
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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