【第60回】間室道子の本棚 『短編画廊 絵から生まれた17の物語』 ローレンス・ブロック編/パーパーコリンズ・ジャパン

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『短編画廊 絵から生まれた17の物語』
ローレンス・ブロック編/パーパーコリンズ・ジャパン
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戦争が終わり、男たちが村に帰ってくる。ある者は生きて、ある者は死んで。
この村には風習がある。戦地からの列車が着くのは朝10時。そのとき、駅舎の近くにある教会の鐘が鳴らされるのだ。亡骸だけが着いたら5回。生きている者と死者の両方が乗っていたら10回。生者だけが来たなら、鐘は長く打ち鳴らされる。何度も、何度も。

人々は駅へかけつける前に心づもりをする。もし5回の場合、他人の前で半狂乱になったり失神したりしないように。女たち、年寄たち、子供たちは毎日鐘の数を数え、駅舎へ走った。
だんだんその人数は少なくなり、いよいよ私の夫の安否を残すだけになった。
朝10時、私は全身を耳にして出窓へ行き、身を乗り出す。鐘が聞こえ始めた。

『短編画廊』はエドワード・ホッパーの絵に触発された名うての作家17人による短編集である。押しも押されぬ人気作家であり、編集を手掛けた(もちろん自身も1作書いている)ローレンス・ブロックによる序文が面白い。
ホッパーの絵のファンは世界中にたくさんいるが、とりわけ読書好きと作家に多い、とブロックは思っている。しかし、彼の絵は物語を語ってはいない、とある。絵じたいに「今この男女はこういう状況なんですよ」という正解はなく、劇的に切り取られた人物たちの姿に、わたしたちが自由にお話を想像できるのだ。ホッパーの絵が示しているのは回答ではなく謎なのである。

なるほど、「家の音楽用の部屋で夫が新聞を読み、妻が小さな卓上ピアノを弾くともなしに弾いている」と見える絵から、スティーヴン・キングは世にも恐ろしい物語を作りあげたし、舞台で惜しげもなく(なかばやけっぱちめいて)、裸の胸を突き出すストリッパーの絵から、ミーガン・アボットは奇妙な復讐と希望を見出した。他の作家にこれらの絵がお題として渡っていたら、まったく違う物語が出来てきただろう。

序文にはさらに興味深いことが載っている。ある作家が、引き受けたものの作品を仕上げることができずに、絵が一枚あまってしまった。困ったブロックが相談すると、出版社の担当者は、それなら読者に話を紡いでもらいましょう、と言ったそうだ。本の冒頭に、短編なしの、絵だけが1枚あるのはそのためなのである。

ピンク色のワンピースの女が、大きな出窓のある家で、身を乗り出している。私には彼女が、なにかを見ているというより聞いているように思えた。だから、冒頭のようなお話を考えた。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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