【第61回】間室道子の本棚 『鳥肌が』 穂村弘/PHP文芸文庫

 
 
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『鳥肌が』
穂村弘/PHP文芸文庫
 
 
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人気歌人・穂村弘さんのエッセイの文庫化。

「運命の分岐点」「子供がこわいもの、大人がこわいもの」など、日常に潜む鳥肌の瞬間が集められており、2016年にハードカバーで出たときと、今回文庫化されて読み返したときではずいぶん印象が違うので驚いた。中身に加筆や修正はない。変化したのは私が反応したものだ。

ハードカバーでの新刊当時は、「あるプロジェクトに穂村さんが参加したときに出会った、鉛筆のキャップと電卓について変なことを言い出した若い女性」「道路に落ちていた鹿の上半分のようなもの」「夜中に見たランドセルを背負った子供」「耳の中の異音に悩まされ、耳かきをしても治らないので医者に行くしかないかなあ、と思っていたある日、穂村さんの耳から出て来たもの」など、怪奇系が印象的で、本書の大半は怪談エッセイだと思い込んでいたくらいだった。

今回は、「日常の皮がぺろっとむけたら、見たこともないものが顔を出した。怪物でもお化けでもない、その名は”現実”」というふうなエピソードが怖かった。

カロリーの話やおねしょの話など、笑える(引く)ものもあるけれど、「危篤の身内の手を握ってあげようとしたら振り払われた女性の話」「海外の連続殺人鬼の犠牲者の写真一覧」「彼氏が放火犯」など、ショックなできごとや犯罪の話がやたらと刺さり、このぶんだと本書は実録事件エッセイだったと記憶されそう。

ハードカバーの刊行の2016年から3年、「北のアノ人も”俺よりやべえ奴がいた”と思ったんじゃないか」とワイドショーで報道されたほど、なにをしでかすかわからない人が大国のトップになり、別な大国と喧嘩を始め、わが国も隣国とかつてないほど仲が悪くなり、連日死者が出るほど夏は暑く、2000万円貯めねばならず、それを否定する政治家の説明に安心感はなく、お笑い芸人たちをめぐりバブルのお立ち台の扇さばきをほうふつとさせる手のひら返しが連日起こり、「これが日本なの?」と目を疑うほどの洪水や土砂崩れがテレビに映し出されるようになった。

自分は今、怪談より現実に怯えてるのだ。毎日ミサイルで攻撃を受けたり、テロの爆弾が破裂するのが珍しくない地域、今日の衣食住をどうするかが最優先な場所に、「怪奇現象」が入る余地はない。日本全域はそんな事態からはまだまだ遠いだろう。でもほんとうにそう言い切れる?

鳥肌は、今世界が、自分が、どんな状態にあり、自分は何を恐れているのか、そこに余裕はあるかを教えてくれるんだ、と思った。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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