【イベントレポート】光嶋裕介×後藤正文が音楽・建築の皮膚感覚に迫る

光嶋裕介×後藤正文が音楽・建築の皮膚感覚に迫る「幻想都市風景 2019 GINZA ~ 光嶋裕介 展」開催記念イベント第1弾

8月27日から9月30日にかけて、銀座 蔦屋書店のイベントスペース「アートウォールギャラリー」(6F スターバックス前展⽰スペース)にて、「幻想都市風景 2019 GINZA ~ 光嶋裕介 展」が実施されている。
 
光嶋裕介氏は、一級建築士として建築設計事務所を主宰する一方、ドローイングも描くなど多彩な才能を披露している。
本展では、光嶋氏本人が展示スペースに滞在しながら、GINZAをテーマに『幻想都市風景』のドローイングに挑戦している。
 
 
今回は、同展示会の初日にイベントスペース「GINZA ATRIUM」で行われた光嶋氏の連続対談イベント(全5回)の第1弾「音楽と建築について~皮膚感覚で思考する」後藤正文(ミュージシャン/ASIAN KUNG-FU GENERATION) ×光嶋裕介 の模様をお届けする。

※本記事は、2時間超のトークイベントの内容を一部抜粋・再編集したものです。
 
 
音楽は言葉より早く感情が伝わる
 
光嶋裕介(以下、光嶋):今回はこうした機会を頂き、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

後藤正文(以下、後藤):よろしくお願いします。

光嶋:僕は普段、建築を設計する事務所をやっています。同時に、絵を発表するということもしています。Gotchさん(後藤の別称。以下、ゴッチ)とは、2014年にギャラリー「ときの忘れもの」で個展をした際に初日に来て頂いたり、ミシマ社さんの企画で「僕らの世代」というテーマで対談をさせて頂いたり、その後2015年の《Wonder Future》全国ツアーの舞台デザインをしたのがきかっけで交流するようになりました。

後藤:そうですね。

光嶋:今回はゴッチさんと、音楽と建築について考えていきたいと思っています。ただそれだと抽象的で大きな話になってしまうので、さらにテーマを絞りました。「皮膚感覚で思考する」というテーマです。建築という三次元の空間を設計している建築家として、どうやって空間と対話するのか、非言語的なことをどうやって理解するのかということを突き詰めて考えていくと、基本的には身体だなと。身体の何がどう感じるのかというのは、視覚情報が大きいですよね。光を通して世界を見ると言いますか、明るいとか、カッコイイとかも、どう眼で見て捉えるかが大きい。でも、見えない感覚も含めて考えると、視覚情報よりも、ある種の「皮膚感覚」というものが、空間を捉えるための大事な要素だと思いました。そういうことを考える中で、三次元の空間と二次元のドローイングを、僕の中で行き来することが創造する上で大事になったんです。

後藤:なるほど。

光嶋:僕は形のある三次元のものを作るとき、形のない音楽などを聞きながらインスパイアされることが多いです。逆に、形のないものを作っているゴッチさんは、身体の感覚をどのように音楽に変換しているのか。僕とはベクトルが逆かもしれないけれども、何か近いものを感じられるのではないか。それが、今回のトークイベントの最初の質問です。

後藤:音楽は、すごい曖昧なものを曖昧なまま掴めるような気がしています。具体的なことを言えば、コード進行や音符の話になるじゃないですか。でも、例えば、この音楽で鳴らしているこの感情が「よく分かる」というのは、海外のバンドの曲でもあるし、もちろん日本のバンドでもあります。歌詞が分からなくてもそうなる。それは音楽のいいところだなと思っています。「あの感じ」のままやり取りができるのはいいですよね。音楽をやっていて実感するのは、"感情みたいなもの"の伝わり方が早い。「感動している」と思う前に、鳥肌が立っている。そういう順序なので、「楽しい」とか「悲しい」とか言葉で表現するのは遅いと思います。

光嶋:たしかにそうですね。

後藤:『胎児のはなし』(ミシマ社)という本の中にも、赤ちゃんはお腹で泣いたり笑ったりするという話がありました。赤ちゃんは、言葉としてそれらの感情を知らない。つまり私たちはこれまでの歴史のなかで今、皆で感情に名前をつけてきて、概念として捉えている。最初から持っていたものではない。それでも言語化できないフィーリングは山ほどあると思っていて、音楽は言葉にしないでそれらをゴソッと捕まえることができます。

光嶋:興味深いですね。ゴッチさんのエッセイで、『凍った脳みそ』(ミシマ社)というものがありますよね。そもそも「凍った脳みそ」とは何なのか。それが「良いことなのか悪いことなのか?」とか「その脳みそは思考停止状態に陥っているのか?」とか、言語の前にスピーディーに立ち上がる感情的な何かをどんどん言葉にしようとしているように思います。音楽も、言葉にならない感情に瞬時にアクセスできる。「凍った脳みそ」というのがまさにその代表的な例で、音楽に携わるゴッチさんのボキャブラリーで言葉を紡いでいるところに、「皮膚感覚で思考する」という今回のテーマに通ずるものを感じます。あまりに定形的な考え方だと、言語の思考の中でしか創造ができなくなってしまうのではないでしょうか。建築を考えるときも、音楽とか異なる「外部性」を手に入れると、違った見え方ができると思っています。
 
 
後藤:僕はドローイングの実線を書いている感触と、言葉を書いている感触は近いのではないかと考えています。つまり、建物とか何でもそうですけど、物体に実線はないじゃないですか。

光嶋:たしかに、そうですね。「輪郭線」という線は存在しませんからね。

後藤:本来、実線のないものに実線を引いていく行為が、言葉を書くことなのではないでしょうか。無理やりやっているところもあるけれど、恐ろしく正しいと感じるときもあります。ただ、音楽とかは感情がすぐパーン!と飛んでいくので、それに比べると書くことはメチャクチャ遅いと僕は感じています。
 
 
「一番いい時は頭の中が真っ白」後藤氏が語る最高のパフォーマンス

後藤:音楽を鳴らすと、感情が伝染しやすくなりますよね。海外から来日したバンドのライブで、最初は演奏がナーバスな感じだったのに、観客に乗せられてどんどん盛り上がっていくところに遭遇したことがあります。バンドと観客の感情が行き来して、テンションが最高潮に達していきました。そういう空間に一緒にいられると幸せですよね。

光嶋:それは、ゴッチさんが南米でライブをしてもそうですか? 南米の人の母国語はスペイン語とかで、基本的には日本語は分からないですよね。

後藤:分からないですね。

光嶋:でも、オーディエンスは、みんな歌っている?

後藤:歌っていますね、皆さん。

光嶋:それは、音楽という言語が浸透しているからなんですか?

後藤:ある種、記号として思考している面もあると思います。メロディーとか歌詞とかあるので。今はYouTubeとかSpotifyがあるので、型として覚えて歌を受け止めているような。それ以外に、ライブが進行するにつれて、僕らのパフォーマンスとかと会場の観客の気持ちが混ざっていく感じはあります。それはどの国でも面白いですよね。

光嶋:僕は絵を描くときとかは、音楽を聴きながら、自分の中に根ざす非言語的なところが心地よく刺激されて、時間を忘れて没頭できる気がします。

後藤:僕の場合は、音楽を聞きながら読書をするというのができないんですよ。どうしても音を追っかけてしまうんです。同時にできる人は超人だなと思います。でも、その行為には興味があって、例えば光嶋さんの場合、絵を描くときは頭の中で言葉は取り扱っていないですよね。

光嶋:取り扱ってないですね。僕は、音楽を聴きながら絵を描いているときは、歌詞とか言葉は聞こえないです。音とリズムだけが心地よく流れていて、フローとして皮膚感覚で感じていますね。ただジャズで敬愛するキース・ジャレットのピアノとかを聴いていると、目をつむるとはっきりと風景が見えたりします。

後藤:僕は見えたことないです……(笑)。

光嶋:本当ですか!? 

後藤:目をつむってニューヨークの街並みが見える、ということは体感したことがないです。でも、人からそういう話を聞くと新鮮です。

光嶋:音楽と風景がリンクする感じですね。だから、絵を描いているとき、イメージの世界が広がって、言葉は消えますね。

後藤:へぇ〜。僕も、いい演奏とかしているとき、言葉のチャンネルがOFFになるんですよ。

光嶋:え? 言葉を歌っているのに?

後藤:はい。僕、たぶん厳密には歌詞を言葉で覚えていないです。ゾーンに入ったときは、メンバーの演奏に乗って自動操縦みたいになるんですよ。演奏しながら、違うことを考えたりできます。
 
 
光嶋:その状態は、やっぱり気持ちいいんですか?

後藤:気持ちいいです。そういうライブって、一生に何度もないんですよ。一番いい時は、頭の中が真っ白。「俺は神か」というような全能感があって、演奏がどんどん進行していきます。場の影響もあると思います。調子が悪いときは「2番の歌詞、何だっけ」とか考えるんですけど、いいときは意識が何にも掴まっていないんです。ただ普段は「あいつの演奏、少し変だぞ」とか、バンドのことが気になっちゃいます。

光嶋:面白いですね。その「何にも掴まっていない」感覚って素敵ですね。

後藤:どうしても音を追いかけちゃうんですよね。だから、さっき言っていた音楽を聴きながら本を読む、ということができる人とかうらやましいです。

光嶋:それで言うと、僕も誰かの建築を見るときはつい建築的に考えますね。建築を作っているとき、あるいは絵を描いているときは、非建築的な音楽が接続しやすいというんだから、他の建築を見る時もそこに備わる音楽的な何かを感じられることができればいいのかなと思いました。建築に介在する音楽性を捉えようとすれば、もっと自由な建築の捉え方ができるかなと思いました。
 
 
アントワープ駅の美はベルギー人の心情の表れ

後藤:誰かに対する悪口ではないですけど、日本の街を歩いていると、社会全体が「建物に芸術性はいらない」と考えている節があるように感じます。

光嶋:それはすごく感じますね。

後藤:アジカンの海外ツアーでヨーロッパに行った時なんですけど、たまたま少し電車に乗って着いた先の駅が、めちゃくちゃカッコ良かったりするんですよ。そういうのが日本にはない気がします。

光嶋:アントワープ駅ですよね。あのガラス張りのドーム。もう圧倒的に美しくて、見ているだけで恋したくなっちゃうようなロマンチックな空間。

後藤:素敵ですよね。日本の駅舎は、トタン屋根みたいな感じですよね。

光嶋:日本は、構造的に最も合理的かつ安く作れるという価値観が優先的に表れています。恋人たちが待ち合わせしたくなるような駅とか、そういう芸術的な価値観ではないと思います。

後藤:何とかしてほしいですよね。ただ最近、この銀座の蔦屋書店さんみたいにオシャレな店が増えてきていますよね。

光嶋:本を買う、という行為だけで言うとAmazonさんとかが便利です。ただこういう蔦屋書店さんの場合、家に飾りたい本を見つけるとか、買いたい本の最短距離をたどるのではなくて、そのまわりの本にも出会えます。まだ出会っていない本との「ワクワク」がありますよね。

後藤:間違った本を買えるのが書店のいいところですよね。目的外のものを手にしてしまう。

光嶋:予測不能性みたいなものがありますよね。Amazonだと、本を買ったら、さらに関連本をおすすめされる。本屋はそういう合理性だけではなくて、その場の反応、予測不能性を演出できます。このトークイベントもそう。予定調和が一番つまらない。だから、「この人はどういう話をするのか」というのは、話している本人すら分かっていないのだから、そこから一緒に何かの価値が共有できたらと思っています。

後藤:海外のミュージシャンが渋谷のタワーレコードに行って、「ここはMoMAだ」(編注:ニューヨーク近代美術館。「MoMA」という呼び方は英名の「The Museum of Modern Art」に由来)と言ったという逸話を聞いたことがあります。あんなにCDがいっぱいあるところはないし、ジャケットも含めてアーティスティックな場所だと。

光嶋:街とのアクセスの方法というのは、人とともに、常に変わり続ける必要があると思います。「空間が人によって変わる」とでも言えば良いのでしょうか。学生時代から空間について考え続け、建築家として10年間働いてきました。そうして大事だなと今考えているのは、人がその空間をどう感じるかという主体性です。「人を通してしか、空間を感じることができないのではないか」という身体性。ベルギーのアントワープ駅の美しさは、ベルギーの人々の鏡になっています。ベルギーの社会が、合理性ではなく、高くても美しいものを作ろうとして税金を投じた結果です。日本の芸術性がそこに到達していないのは、文化的に成熟し切れていないのではないでしょうか。「美しさという数値化できないものを、どうしたら社会と共有できるのか」という点は、日本で建築を手がける一建築家として、一つの大きな課題かなと思います。
 
 
イベント後半は、来場者から寄せられた熱心な質問に二人が回答。
熱気あふれる会場で二人は、予定終了時刻を約30分ほどオーバーして、今日のファッションのポイントからAIのもたらす未来にいたるまで語ってイベントを盛り上げた。
9月も、個性豊かな面々を対談ゲストに迎え、さらに4回の対談を実施予定の光嶋氏。今後の対談イベントも乞うご期待。
文:桜井恒ニ
 
 

 
【プロフィール】
光嶋 裕介(こうしま ゆうすけ)
建築家、⼀級建築⼠。1979年⽶国ニュージャージー州⽣。1987年に⽇本に帰国。以降、カナダ(トロント)、イギリス(マンチェスター)、東京で育ち、最終的に早稲⽥⼤学⼤学院修⼠課程建築学専攻を2004年に卒業。同年にザウアブルッフ・ハットン・アーキテクツ(ベルリン)に就職。2008年にドイツより帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を主宰。2010年に桑沢デザイン研究所、2011年に⽇本⼤学短期⼤学部にて⾮常勤講師に就任。2015年より神⼾⼤学客員准教授、2017年より早稲⽥⼤学⾮常勤講師などを務める。
Webhttps://www.ykas.jp/
 
後藤 正文(ごとう まさふみ)
ミュージシャン、作詞家、作曲家。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル・ギター。コラムニストとして、朝日新聞で週刊コラム「後藤正文の朝からロック」も連載中。
Webhttp://www.asiankung-fu.com/s/n80/?ima=2546
 

【連続対談イベント:今後のスケジュールについて】
第2回|「武道と空間について~集団で思考する」内田 樹(思想家) ×光嶋 裕介
日時:9月3日(火) 19:00~20:45
場所:GINZA ATRIUM
参加条件:
銀座 蔦屋書店にて下記の商品をご購入いただいた方にご参加いただけます。
・イベント参加券:2,500円/税込
・書籍(『幻想都市風景(羽鳥書店)』:3,132円/税込)付イベント参加券:4,132円/税込
 
第3回|「文学と幻想について~頭で思考する」いとう せいこう(作家) ×光嶋 裕介
日時:9月10日(火) 19:00~20:45
場所:BOOK EVENT SPACE
参加条件:
銀座 蔦屋書店にて下記の商品をご購入いただいた方にご参加いただけます。
・イベント参加券:1,500円/税込
・イベント参加対象書籍『幻想都市風景(羽鳥書店)』:3,132円/税込
 
第4回|「アートと芸術ついて~手で思考する」束芋(現代美術家) ×光嶋 裕介
日時:9月19日(木) 19:00~20:45
場所:BOOK EVENT SPACE
参加条件:
銀座 蔦屋書店にて下記の商品をご購入いただいた方にご参加いただけます。
・イベント参加券:1,500円/税込
・イベント参加対象書籍『幻想都市風景(羽鳥書店)』:3,132円/税込
 
第5回|「写真と時間ついて~眼で思考する」鈴木 理策(写真家) ×光嶋 裕介
日時:9月24日(火) 19:00~20:45
場所:BOOK EVENT SPACE
参加条件:
銀座 蔦屋書店にて下記の商品をご購入いただいた方にご参加いただけます。
・イベント参加券:1,500円/税込
・イベント参加対象書籍『幻想都市風景(羽鳥書店)』:3,132円/税込
 
 

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