【イベントレポート】コミック界随一の画力を誇る池上遼一氏、自作を語る。画集『池上遼一 Art Works 男編&女編』刊行記念トークイベント
2019年11月29日、銀座 蔦屋書店のイベントスペース「BOOK EVENT SPACE」で「『池上遼一 Art Works 男編&女編』(玄光社)刊行記念トークイベント」が開催された。
池上氏は、『I・餓男(アイウエオボーイ)』、『クライングフリーマン』(以上、原作/小池一夫)、『男組』(原作/雁屋 哲)、『サンクチュアリ』、『BEGIN』(以上、原作/史村 翔)など、多数の青年向けコミックのヒット作を手がけている。2002年には『HEAT-灼熱―』(原作/武論尊)で第47回小学館漫画賞を受賞。
今回は、劇画界の絵師と名高い池上氏が、新刊『池上遼一 Art Works 男編&女編』で、50年を越す画業を振り返る。本書の編集者である綿引勝美氏を聞き手に迎えて、自作のこれまでの変遷と、今後の活動への意気込みを語ってもらった。
小池一夫氏原作の『I・餓男(アイウエオボーイ)』で学んだこと
綿引勝美氏(以下、綿引):本日は池上遼一先生をお招きして、『池上遼一 Art Works 男編&女編』について、お話をうかがっていきたいと思います。池上先生、よろしくお願いいたします。
池上遼一氏(以下、池上):僕は、今年(2019年)の夏に故郷/福井県武生市で展覧会をやらせていただきました。その時は「月刊漫画ガロ」のデビューから現在に至るまでを並べて見ていただいたんですが、今回は綿引さんの狙いもあって、人気作品を前半ページに持ってきています。あと本書は"集大成"と謳っていますが、僕はもう少し生きていたいなあと思っています(笑)。ですので、これからも進化していくよう努力しますので、今までやってきた過程として見ていただければと思います。
綿引:1冊で終わるつもりはありません。池上先生が描き続けてくれれば、続巻の可能性が生まれますよ。
池上:ハハハ。ありがとうございます。
(写真)
綿引:池上先生といえば青年コミックの名作がたくさんおありですが、最初の人気作といえば……。
池上:小池一夫先生と最初に組んだ『I・餓男(アイウエオボーイ)』ですね。講談社の「週刊現代」でスタートして、「劇画ゲンダイ」、それから小学館の大判の青年誌「GORO」で、話題になりました。僕のデビュー作は貸本マンガ誌に発表した『魔剣小太刀』ですが、これはもう、さいとう・たかを先生調。中学生の頃、さいとう先生の『台風五郎』を見て、マンガの方向性が変わるんではないかと思いました。先生に会いたくて、大阪の日の丸文庫に原稿を持ち込んだのですが、その時さいとう先生は東京の国分寺に移っていました。大江健三郎の小説ではないけど、僕は"遅れてきた青年"だったんです。何年かして僕も上京しますが、この頃は僕にとって非常に暗い時代だったんですよね。「月刊漫画ガロ」に描いた作品にも"灰色の青春"みたいなものが出ている。「週刊少年キング」の『追跡者』で組んだ辻 真先先生にも「池上さんの絵は暗いなあ」と言われました。少年マンガは"救いがある終わり方"をしなければならないんですが、自分の絵を変えるのに僕なりに苦労していたんです。
綿引:子供たちに希望を与えるというのが少年マンガのコンセプトですものね。その暗さが払拭されたのが『I・餓男(アイウエオボーイ)』と聞いています。でも「週刊現代」、「劇画ゲンダイ」の頃は、まだ暗さが目立ちますが……。
池上:そうですね。「GORO」の頃に自分の絵が洗練されてきたと思います。下手に少年マンガを意識しないで、自分の感性そのもので描いていいんだという自信が生まれてきたんですね。少年誌が大人の目にも耐えられるものを意識し出した時代で、その数年後には青年コミック誌が誕生する黎明期に、僕は描いていた。こうやって振り返って見ると、僕の絵は変わってきている。なるほど時代を意識していたんだなあ、という気はします。
時代の風を感じながら少年マンガ、青年マンガを描く
綿引:少年マンガからは、雁屋 哲先生原作の『男組』から収録させてもらいました。毎回工夫された扉絵が楽しかったのを覚えています。油絵タッチや色鉛筆での彩色などがありましたね。
池上:『男組』は、小学館から『I・餓男(アイウエオボーイ)』のタッチで、少年マンガが描けないかと言われたんです。
綿引:『男組』、『I・餓男(アイウエオボーイ)』。この辺りからいわゆる池上調が少しずつ出てきます。
池上:そうですね。描き分けていたんですよ。『男組』は流 全次郎を中心にした物語で、友情だったり、正義だったりが前面に出ている。それに対して『I・餓男(アイウエオボーイ)』は、暮海猛夫が孤軍奮闘する話なんですね。それはそれで僕は好きだから、別な描き方をして絵柄も変えていました。
綿引:『I・餓男(アイウエオボーイ)』には、タイプの違う美女が毎回登場して暮海を助けますね。小池先生は「マンネリズム」にするのが大変なんだと、担当編集を怒ったと聞いていますが……。
池上:毎回同じパターンが続いたので、「GORO」の編集者に「マンネリじゃないか」と言われた小池先生が、「マンネリズムに持って行くのが、どれだけ大変か分かっているのか」と怒ったそうです。長編になればなるほど「マンネリズム」って大切なんですね。『水戸黄門』の印籠とか、同じパターンで違ったエピソードを作っている。そこに行くまでが、脚本家にとって大変な苦労をされるんでしょうね。
綿引:『I・餓男(アイウエオボーイ)』は、主人公の暮海猛夫もそれまでお描きになっていたキャラクターとは違っています。
池上:というのも「時代」なんです。当時は高度経済成長の真っただ中。バブル期はまだ来ていない。ブルース・リーではないけど、ぜい肉のない体を『I・餓男(アイウエオボーイ)』では描いています。その後、飽食の時代になって『傷追い人』を描くんですが、高橋留美子先生が台頭してきた時代です。体格がいい奴がいいと思って描いたけれど、いまいち人気が取れなかった。結局"強い男"を必要としなくなった時代なんですよ。時代に敏感な小池先生が脚本にギャグを入れてくるんですが、人気がさらに落ち込んで元に戻そうということになる。その過程で"ミスティ"というロリコン的少女キャラが生まれて、人気は再沸騰したんです。
小池一夫氏の設定の妙味に驚いた『クライングフリーマン』
綿引:小池一夫先生原作の『クライングフリーマン』になると、爆発的にカラーページが増えてきますね。
池上:小池先生から電話が入ったんですよ。「池上さん、今度の主役は殺し屋なんだけど、殺した時に涙を流すんだよ。いいだろう?」って興奮気味に話される。それが『クライングフリーマン』。主人公はすごいナイーブな殺し屋。そこら辺は僕が描きたいキャラクターだなと思いました。単行本の売れ行きも良かったため、カラーになる事が多かったようです。僕自身は、この作品では日本編が好きですね。
綿引:今回の画集で特筆したいのが『クライングフリーマン』のカラー扉。ビズメディア版のもので、今まで行方不明だったと聞いています。
池上:ビズメディアで英訳された『クライングフリーマン』のものですが、1色の画稿を画用紙にコピーして、そこに着色しています。全部アナログの手彩色ですから、それはそれで楽しんでもらえると思います。
原作の史村 翔氏との化学反応で生まれた『サンクチュアリ』
綿引:史村 翔先生は『サンクチュアリ』のふたりの主人公/北条 彰と浅見千秋を、明と暗、光と影の対立関係で作ったと言われています。そして、男を際立たせるためにも、美女の存在が必要だと言われる。
池上:そのとおりだと思います。あと対立する側の男の魅力ですかね。やはり敵となる男によって、主人公の魅力はさらに強まるような気がします。ヤクザの世界は一般社会に生きている人には理解できない感情がある。死ぬか生きるかの世界で生きている男同士の、友情とも愛情ともつかぬ親密な感情に興味があるんです。『サンクチュアリ』で、舎弟だった北条に追い抜かれたヤクザ/渡海が、それでも北条がかわいいと思う屈折した感情、そこが好きなんです。史村先生が書くセリフって割と荒っぽい。それをイケメンの北条が話すと、違ったセリフになってくる。史村先生と僕。それぞれの要素が化学反応を起こして成功したのが『サンクチュアリ』だと思うんです。ナイーブな僕のキャラクターに、史村先生の男らしい粗暴なセリフをしゃべらせると、全然違った魅力のある男性に見えてくる。
サロメのように男を破滅に誘う女を描きたい
綿引:今回の画集には、まんだらけ出版から出版された画集『LIBIDO(リビドオ)』からも何枚か収録しています。
池上:そうですね。『LIBIDO(リビドオ)』に絵を描いたのは50歳ぐらいの頃でした。そういう色香を描きたくなる年齢なんですかね。浮世絵師なんかを見ていると、歌麿とか北斎とか、みんな枕絵なんかを描いている。ただ、僕は大人っぽい女性が男を誘惑するような状況にはあまり興味がないんです。何気ない普通の女子高生とかが、内に秘めている蠱惑(こわく)的なものを絵にしたかったんです。ギュスターヴ・モローなどの画家たちが描いた『サロメ』の世界が好きなんです。おのれの美しさを熟知した上で、男を誘惑して破滅させてしまう女。ちょっと怖いイメージですが、そんな絵も画集に載っていますので、楽しんでいただければと思います。
綿引:池上先生の魅力あふれる絵が満載の『池上遼一 Art Works 男編&女編』についてお話いただきました。本日はありがとうございました。
協力/池上遼一