建築家・安藤忠雄 個展「光を求めて」ポートフォリオ最新作『ANDO BOX Ⅵ』発表・展覧会
2019年10月23日、建築家・安藤忠雄氏のポートフォリオシリーズ第6弾『ANDO BOX Ⅵ』(アマナサルト)の刊行を記念した、スペシャルイベントが、銀座 蔦屋書店内のGINZA ATRIUMで開催された。
15枚の写真と3点のオリジナルドローイング、コンセプト模型1点からなる、『ANDO BOX VI』。今回も、ANDO BOXには欠かすことができない、世界最高峰の写真印画法を採用。500年以上美しさを保つと言われる、「プラチナプリント」によって、後世に語り継ぐ逸品が新たに誕生した。
そして今回、『ANDO BOX Ⅵ』のテーマに据えられたのは「建築の光」。
国内外から駆け付けた安藤ファンと関係者が見守る中、「光の向こうに希望があると感じられる写真を集めました」という安藤氏の言葉で、トークイベントは始まった。
オーディエンスを待つイベント会場、GINZA ATRIUMの様子。天井が高く広々とした空間だ。
その先にある「希望」を見せるために、「光」を描く
「安藤建築」と「光」というキーワードを聞けば、「光の教会」を思い浮かべる方は多いだろう。建築好きだけにとどまらず広く知られる作品で、安藤氏のマスターピースのひとつだ。
打放しのコンクリートの建物に、礼拝堂の祭壇後方には十字架状のスリット窓を大きく配置。十字架を光で表現し、十字架から入り込む光が作り出す空間は、荘厳そのもの。
「光」は安藤氏の作品の重要なパーツであることは明白だが、「光」を敢えて、今回のテーマとしたのはなぜだろうか。
安藤氏は、ウィットに富んだトークと鮮やかなドローイングで、詰めかけたファンを魅了した。
その疑問に対する答えは、安藤氏が明かした言葉の中にあった。
「日本人の中に、希望がだんだんなくなってきているように思う」。
それは未曾有の災害が続くことへの疲弊や、先行きの見えない情勢に対する不安から来る諦めだろうか。
その上で安藤氏は、「それでもやはり、希望を求めたい。光を描くことで、その先の希望を感じ取ってもらいたいと思ったんです」と続け、真っ白な壁面へドローイングを始めた。
青いインクで最初に描かれたのは、「光の教会」だった。
イベント当日に応じたたくさんのサインに添えられていたのは、この「光の教会」のデッサンだった。
当初は、十字架状のスリットにはガラスをはめ込むことは想定しておらず、利用者が、外気が吹き込む中で寒さに耐えながら身を寄せ合う様子までを思い描いていた。しかし、「寒くてかなわん」という声から、仕方なくガラスをはめることになったという逸話が披露され、オーディエンスからは笑いがこぼれた。
続いて緑色のインクで描かれたのは、一本の線の上に円を描いて表現された1個のりんご。
会場の笑いを誘うエピソードとともに描かれた、「りんご」には、青という文字が添えられた。
これは、自らが設計した兵庫県立美術館の屋外スペースに寄贈したオブジェ、「青いりんご」をイメージしたものだ。現物は、2.5メートル四方と、成人男性の平均身長をはるかに超える、圧巻の大きさということも付け加えられた。
「このりんごは1回触ったら1年長生きするんですよ」という、冗談まじりのエピソードで笑いを誘った後は、なぜ甘く熟した赤ではなく青いりんごなのかについて、こう説明した。
「青春って若い人のものだけじゃない。70歳の青春、80歳の青春があってもいい。100歳まで青春でいいんです。いつまでも、未来への希望に溢れた青いりんごでありたいという気持ちを、青いりんごに込めました」。
安藤氏は、光だけではなく、青いりんごの向こうにも希望を見ていることを、オーディエンスが理解する瞬間でもあった。
作品を通じて届けるのは、「希望」
建築家として設計を施すだけではなく、本作のポートフォリオシリーズでは、写真も撮り絵を描き、文章もしたためている。その幅広い表現方法に取り組んでいることについては、「相手の心の中に残る世界を、ひとつでも作りたい」という胸の内を明かした。
心の中の世界は、目には見えないが、必ず一人ひとりの中にある。その世界は、書籍で育まれることも、写真からインスピレーションを受けることも、絵画で豊かになることもある。安藤氏は、自身の様々な表現方法を駆使して、相手の心に届けようとしているのだ。
そしてまたここでも、「届けるものは、希望。創ることで、何か希望を感じてくれる人がいたら嬉しい。」と言った。
『ANDO BOX Ⅵ』に収められている、15枚の写真たち。モノクロームだからこその光の存在感に圧倒される。
イベントのトーク中、安藤氏から最も多く出てきたであろうワードは、「希望」。
なぜ「希望」なのかと問うまでもなく、そこにはやはり、昨今の風水害や地震に対する言及が飛び出した。自然の有り様が激変する中で、私たちはどう生きていけばいいのか。それについては、はっきりとこう表明した。
「希望さえあれば、多少のことは乗り越えていける。でも今日本人は、希望を忘れかけている。だからこそ今、希望を示したいとも思うんです」。
文:伊勢 真穂
「ANDO BOX Ⅵ」は銀座 蔦屋書店にて引き続きご提案しております。
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【プロフィール】
安藤 忠雄(あんどう ただお)
1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年安藤忠雄建築研究所設立。代表作に「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「直島・地中美術館」など。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、1993年日本芸術院賞、1995年プリツカー賞、2005年国際建築家連合(UIA)ゴールドメダル、2010年ジョン・F・ケネディーセンター芸術金賞、後藤新平賞、文化勲章、2013年フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)、2015年イタリアの星勲章グランデ・ウフィチャ―レ章、2016年イサム・ノグチ賞など受賞多数。1991年ニューヨーク近代美術館、1993年・2018年にパリのポンピドー・センターにて個展開催。イェール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授歴任。1997年から東京大学教授、現在、名誉教授。
【サイン入り書籍販売(オンラインショップ)】
『Tadao Ando|0 Process and Idea 安藤忠雄の建築(増補改訂版)』(TOTO出版) サイン入り:部数限定
本書は4巻まで刊行されている同シリーズの0巻。1巻に先立ち刊行されたということではなく、各プロジェクトの原点に迫るという意味が込められた「0」となっています。収録された72作品(11作品を新たに追加)を通じて、安藤氏が最初に描くスケッチが、図面に起こされ、模型でスタディされ、建築ができあがるプロセスをうかがい知ることの出来る一冊になっています。
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『安藤忠雄の建築 1 住宅』(TOTO出版) サイン入り:部数限定
第1巻は住宅の特集となっています。安藤氏の処女作は富島邸で、その後も住宅作品を数多く手掛けています。安藤氏が挑戦するのは「限られた素材、要素で新しい建築をつくること」ですから、住宅を作れば作るほどに、想像力の限界を試されることになります。本書の中で安藤氏は最後の仕事は住宅だと明言していますが、それは理想というよりは、覚悟なのではないでしょうか。安藤氏の最後の住宅を想像すること― これこそがこの一冊の究極の楽しみ方ではないでしょうか。
※店頭・ネットでお買い求めいただけます。
『安藤忠雄の建築 2 海外』(TOTO出版) サイン入り:部数限定
第2巻は海外プロジェクトの特集となっています。安藤氏の建築は単純な形態で構成されているが故に、施工精度の善し悪しが直接建築の質に跳ね返ってきます。日本の高い建築施工技術が望めない海外での仕事は、文化の違いや距離の問題も相まって、苦戦の連続であったことが本書でも伺えます。しかし、乗り越えるべき課題の多さによって、挑戦をし続ける安藤氏の建築家像が浮き彫りにされているようです。
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『安藤忠雄の建築 3 日本』(TOTO出版) サイン入り:部数限定
第3巻は日本での仕事が「公共性」をテーマに特集されています。雑多な都市空間、あるいは壮大な自然の中において安藤氏の建築はぽっかりと空く余白のような空間を生み出します。収録されている写真には人が写っているカットが多く、それは建築のスケールを掴み易くするためというよりは、実際に利用されている風景を見せるためと考えられます。環境と人をつなぐ為の場所としての建築をつくることを通して、安藤氏が公共性とどう向き合ってきたかを知ることのできる一冊です。
※店頭・ネットでお買い求めいただけます。
『安藤忠雄の建築 4 挑戦』(TOTO出版) サイン入り:部数限定
第4巻は「挑戦」がテーマです。独学で建築を学び、他者に追随することなく建築家人生を歩んできた安藤氏の取り組みは常に挑戦であったといえます。そのことを振り返り、総括する意味合いもあるでしょうが、新たな挑戦としての活動にも注目して読みたい一冊です。急激な発展を続ける中国でのプロジェクトや、歴史的な文脈の色濃い欧州での建築再生プロジェクトなど、より複雑で現代性を孕む仕事に加え、巻末にはアーバンプロジェクトと題された、建築家人生を通して続けてきた取り組みの歴史が収録されています。
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