【イベントレポート】翻訳家・金原瑞人おすすめのYA小説を一挙に紹介! ジョン・グリーン『どこまでも亀』刊行記念トークショーレポート

アメリカで若者に絶大な人気を誇る海外ヤングアダルト(YA)作家、ジョン・グリーンの新刊『どこまでも亀』(原題:Turtles All the Way Down)が発売された。翻訳は、モーム、サリンジャーなどの古典からYA、ノンフィクションまで、幅広いジャンルの本を日本に紹介し、多数の翻訳書がある金原瑞人氏。刊行を記念し、2019年5月10日に梅田 蔦屋書店で金原氏によるトークショーが開催された。
YA小説は、海外文学の入門として最適。若者向けに書かれていて読みやすい一方で、タイムリーな社会問題を題材にしたものも多く、「大人にもぜひ読んでほしい」と金原氏は話す。イベントでは、最新刊『どこまでも亀』を中心に、YA小説のオススメ作品などについて語られた。
 
 
 

YA小説は、まずブックガイドをチェックすべし
 
梅田 蔦屋書店コンシェルジュ(以下、コンシェルジュ):本日紹介するYA小説がいくつかあるのですが、まずはブックガイドから。
金原瑞人氏(以下、金原):僕はブックガイドを作るのが好きなんです。小説、詩、短歌なども含めて、僕が好きな本を多くの人に伝えたい、という気持ちがありまして。
 
 
 
 
『12歳からの読書案内』(すばる舎 刊)でオススメのYA小説を100冊を紹介し、海外作品編も発売。2009年にはベスト盤『とれたて! ベストセレクション 12歳からの読書案内』も発刊した。
 
 
 

『今すぐ読みたい! 10代のためのYAブックガイド150!』(ポプラ社)は第2弾まで発刊されている。来年も第3弾が発刊予定とのこと。

 特に注目してほしいのが、“絵本”なんです。小さな子どもでなく、一般の人が読んで面白い絵本もあるのに、本屋の売り場で置くところがない。児童書のところも、アートのところに置くのも違う。だから『13歳からの絵本ガイド YAのための100冊』(西村書店 刊)を作ったんです。
例えば『ぜつぼうの濁点』という絵本。言葉の世界にあるひらがなの国が舞台で、「ぜつぼう」には濁点があるために、いつも絶望していたんですね。それで「ぜつぼう」の「ぜ」の濁点は、申し訳なく思って、いなくなるんです。そうして一人になって道端に転がって、いろんな言葉に会って「誰か私を拾ってください」と頼むけれど、誰も拾ってくれない。それで……という話です。
こういう面白い、10代の若者にこそ読んでほしいYA絵本を100冊紹介しています。こちらも増刷しました。
 
 
 

 僕が手掛けている、海外文学や翻訳物を紹介するフリーペーパー『BOOKMARK(ブックマーク)』13号では、おそらく海外作品が好きな方でも知らない人が多いと思われるグラフィックノベル、簡単に言うとマンガ・コミックで1冊編んでみました。海外では、スーパーマンやスパイダーマンなどがページ数の少ないペラペラの状態で売店に置かれているのですが、それが何冊かに合本されてグラフィックノベルとなり、本屋に置かれるようになります。
 ヨーロッパでは10年ほど前からブームなんです。1980年代以降のアメリカ・イギリスは出版社が吸収・合併で大きくなっていって、売れ筋を中心に発刊するようになるんですね。一方で、売りにくいユニークな本は小・中規模の出版社が出すようになり、活性化していきます。例えば、最後まで読んだ人間は数えるほどしかいないとも言われる難解な小説『失われた時を求めて』のグラフィックノベルがそうした出版社で発刊され、フランスでベストセラーになりました。高校の課題図書になったり、日本でも翻訳されたりしている。
 
 
 
 
 
 
金原瑞人オススメのYA小説を一挙に紹介
 
コンシェルジュ:今回のトークショーの目玉のひとつ「ネズミの大冒険シリーズ」の紹介をお願いします。
 
 
 
 
金原:まずは『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』(トーベン・クールマン 著、ブロンズ新社 刊)。リンドバーグは、1927年に世界で初めて単独無着陸で大西洋横断飛行に成功した飛行士ですが、それをネズミでやってしまおう、というものです。
ドイツ・ハンブルグに住むネズミが、身の危険から逃れるために飛行機を発明してアメリカを目指すーー。
 第2部はアームストロングで、人間よりも先にネズミが月に行きます。そして次はエジソン。「ネズミの大冒険シリーズ」はこれら三部作で終わりと言われていたけど、第4部でアインシュタインが出るそうです。
 
 
 

『文学効能辞典』(エラ・バーサド、スーザン・エルダキン 著、フィルムアート社 刊)も紹介。「男性型インフルエンザのとき」でヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』 など、効能別に本がオススメされる。一見「?」な理由は本書にて。『雨月物語』(金原瑞人 著、岩崎書店 刊)は、金原氏もお気に入りの一冊。「古典を中高生に伝えるために悩んだ末、高校の文芸部の部員がひとつずつ『雨月物語』を解釈し、語り直すという形にしました」(金原)
 
 
 
 
コンシェルジュ:次は、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ 』(ライ麦畑でつかまえて)ですね。

金原:出版された1951年当時は、サリンジャー本人も出版社も評判になるとは思っていなかったのですが、いきなりベストセラーになり、今も読み継がれています。
 主人公である16歳のホールデン少年は、ニューヨークの街をうろつき歩く”中二病”キャラ。このとき初めて若者視点の小説が生まれました。
 アリエスの『〈子供〉の誕生』という本には、近代まで社会の構成員は大人だけで、”子ども”はいなかった、とあります。子どもは”小さな大人”だったんです。しかし近代で初等教育が始まると、”子ども”という社会の構成員として認識されるようになる。
 それでも、近代は大人と子供の2層構造で、図書館には児童室と一般室しかなかった。YAの棚や部屋はなかったんです。1950年代にアメリカで高度経済成長が始まり、それまで小学校までしか行けなかった人々が、中学校、高校、大学に行けるようになると、それがマーケットになった。1950年代後半には音楽はロックンロールが聴かれるようになり、ファッションや映画も、若者向けのものが登場し……社会が子ども・若者・大人の3層構造になっていった。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で描かれる、若者目線で描かれた若者文化に世の中の人々は影響を受けました。若者文化の促進力になっていくんですね。
 
コンシェルジュ:他にもホールデン少年が出てくる短編がありますよね。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』以前にホールデンを描いていた短編を集めた『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年』(新潮社 刊)
 
 
 

金原:サリンジャーは1940年代に短編作家としてデビューします。そして、大学の先生に「長編を書きなさい」と言われていたんですが、なかなか書けなかった。第二次世界大戦に召集されて、書きかけの原稿を持ってヨーロッパ戦線に行きます。しかし書けないまま帰ってきて、今度は戦争の後遺症でトラウマを抱え、やっと書き上げたのが1950年、その翌年に出版されるんですね。

 短編は、ホールデンが主人公のものが2つ、ホールデンのお兄さんが主人公のもの、お兄さんの友達が主人公のものもあります。
 印象的なのは、ホールデンが街をうろついた後に第二次世界大戦に召集されてフランス戦線で死ぬことを暗示している作品があることです。ある短編では、彼のお兄さんがホールデンの生死を心配し、さらに他の短編では、そのお兄さんが死んでいるものもあります。そういう短編を書いたあとにサリンジャーが『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を書いたと思うと、ホールデンがまた新しいキャラクターに思えてくる。
 これらの短編は、アメリカでは読めないんですよ。サリンジャー自身が単行本化を拒否しているから。日本では、10年留保(1975年までに出版された出版物は、出版後10年間翻訳されていなければ自由に翻訳してよい)のため、日本で発刊できたんです。
 
 
 
 
『どこまでも亀』は救済の物語

コンシェルジュ:そしてメインのジョン・グリーンの新刊『どこまでも亀』ですね。主人公の女の子と友達の女の子・デイジーが、お互いを理解しようとして歩み寄る姿が描かれています。
 
 
 
 
原題はTurtles All the Way Down。邦題の『どこまでも亀』は、ほぼ原題通りです。世界は亀の上に乗っていて、亀の下には亀がいる、というエピソードからきています。「……読んでいただけると納得していただけると思います」(金原)
 
金原:僕はデイジーが好きなんです。
 主人公の女の子は不安障害を抱えていて、自分の半分はバクテリアで、そいつに侵されているように感じている。いつも中指の傷をつついていて、かさぶたが乾く前にいじって、血を絞り出して、消毒薬を塗りつけて絆創膏を貼り付けるような……脅迫神経症の女の子。一方で、デイジーは現実的でドライで、とてもいい味を出している。
 
コンシェルジュ:『どこまでも亀』は、ジョン・グリーンがしばらく主人公と同じような病気になって小説を書けなかったことがもとになっていると聞きました。病気の描写がリアルで、こちらまで頭がおかしくなってしまいそうになるほど。
 
金原:そのことをブログに書いていますね。ずいぶん医者にもかかったようです。その様子をリアルに感じ取れる作品です。ジョン・グリーンは、この作品を書いて救われているところがある。この作品のデイジーに救われている。そこが読みどころになると思います。
また、ジョン・グリーンの作品には、ほかの文学作品が散りばめられているのも魅力ですね。本作は特に引用が豊富で、文学作品が効果的に使われている。
 
コンシェルジュ:大事なところで出てくるんですよね。主人公とデイヴィスが心を通わせていく過程で、シェークスピアの『テンペスト』とか。
 
金原:サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』からも効果的な一文がありますね。それも楽しみの一つです。
 

文:高橋 七重
 

【プロフィール】
金原 瑞人(かねはら みずひと)
1954年岡山市生まれ。法政大学教授・翻訳家。訳書は児童書、ヤングアダルト小説、一般書、ノンフィクションなど500点以上。訳書に『豚の死なない日』『青空のむこう』『国のない男』『不思議を売る男』〈パーシー・ジャクソン・シリーズ〉『さよならを待つふたりのために』『月と六ペンス』『文学効能事典』『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』など。エッセイ集に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『サリンジャーにマティーニを教わった』など。監修に『10代のためのYAブックガイド150!』『12歳からの読書案内』など。日本の古典の翻案に『雨月物語』『仮名手本忠臣蔵』など。
http://www.kanehara.jp/
 

 

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