【イベントレポート】本は人生をかえる 梅田 蔦屋書店 人文コンシェルジュ 三砂慶明の出版文化講座

雑誌や本の売り上げが危機的状況にある、本屋の数が減っている―――。
日々、本と本屋をめぐるニュースが飛び交うが、読書の面白さを伝える選書企画「読書の学校」を梅田 蔦屋書店で主宰する書店員(人文コンシェルジュ)三砂慶明が、2019年7月5日、関西学院大学 国際学部での講義「出版文化講座」を行った。
本屋の未来は? 情報のデジタル化が進む今、本が担う役割とは? 海外と日本の出版事情の違いとは? そして読みたい本に出会うための選び方とは?
 
 
 

“本屋”ってどんなところ?
 
梅田 蔦屋書店 人文コンシェルジュ・三砂慶明(以下、三砂):今日は、みなさんに3つのことをお伝えできればと思ってお邪魔しました。
 
1、本屋はおもしろい
2、本屋には本のナビゲートをする書店員がいる
3、本で人生がかわる
 
私は人生を本に助けてもらいました。
今日は本の面白さと、それを取り扱う本屋の世界とそこで働く書店員についてご紹介できればと思います。
 
まず、新刊を主に扱う本屋には、主にチェーン系、独立系の二つがあります。
事前に実施させていただいたアンケートで皆さまがよく行く書店として教えてくれた丸善やジュンク堂書店、紀伊國屋書店、私が所属している蔦屋書店はチェーン系列です。それとは別に、個人で経営されている独立系書店があります。その違いは「本屋B&B」(東京・下北沢)を手掛けた内沼晋太郎さんの『これからの本屋読本』(NHK出版)に詳しく紹介されていますが、個人的には、チェーン系列が新刊や話題書を中心に品ぞろえをしているのに対して、独立系は個人の目利きで、オーソドックスなベストセラーではなく、店舗の独自性をだすコア商品に生命線があるように感じています。
ベストセラー商品:コア商品=6:4の割合で意識的に展開されている辻山良雄さんの「本屋Title」、個人的に町の本屋の理想形だと思っている「千駄木 往来堂書店」、関西では堀部篤史さんの「誠光社」などが有名ですが、ひと言で本屋と言っても、いろいろな見せ方、やり方があります。
 

三砂が勤める梅田 蔦屋書店は、大阪の駅前にゆったりとした居心地がいい場所をつくりたいという思想から生まれた。書店の真ん中に公園のようなスペースがある(営業時間/7時〜23時)
 
 
 
“本”と“本屋”の現在
 
本屋で扱う本をつくっている出版業界の現状がこちらです。
『ユリイカ』741号「総特集 書店の未来 本を愛するすべての人に」(青土社)でも、取り上げていただきましたが、出版物の推定販売額が1996年をピークに下り坂になっています。歯止めがかからなくなっている一因に、月刊誌と週刊誌の売上げが落ちていることがあげられるのではないかと考えています。
 

 
WEB SHOPをのぞけば、基本的には来店していただかなければ売り上げにつながらない本屋としては、非常に致命的なことだと思います。定期的に本屋に買いに来てくださっていたお客さまが減るからです。
また、雑誌の売り上げが落ちると本屋に雑誌を届けてくれる取次、運送会社にもダメージがあります。配送するために必要なガソリン代、人件費等のコストも上がっていく中で、売上げが落ちてしまうと、物流そのもの自体が維持できなくなってしまいます。実際、報道によると西日本ではすでに本の発売日に本屋に届かないという現象がおきています。
 

棒グラフは雑誌と書籍を足したもの、折れ線グラフは返品率。売上げは下がり、返品率が高止まりしているため、売るための配送料よりも返品のための配送料の方が多くなりつつあることが分かる。
 

年間で新刊書籍の統計数は75412冊(平成29年時点)。単純に考えれば、毎日206冊の本が発刊されていることになります。30・40年前から売上額は下がっているけれど、出版されている本の数は3倍に増加しています。
 
出版業界の二本柱に再販制度と委託販売という制度があります。
再販制度は、出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、本屋で定価販売ができる制度のこと。委託販売制は、本屋が本を返品可能な委託という形で仕入れる制度のことです。
 
委託販売制において出版社は、本を取次配送業社に納品するとお金が振り込まれ、取次配送業社から返品されるとお金を支払わなくてはなりません。返品されるまでに利益を出さないとお金を回せませんから、ネズミ算式に出版点数が増え続けている一因は、こうした構造に原因があるのかもしれません。
 
本屋の数はここ19年で9770軒が消滅しています。
19年間の減少平均を出すと、514軒/年です。仮にこの推移で続くとなると、2020年には 1万軒割れの 9,954店前後になるだろうと予測されています。この数字には売店のような小規模の売り場も入っていますから、ある程度の規模がある本屋となると、この数字からもっと少なくなるでしょう。最近も、毎月のように書店の空白地域が拡大しており、大手チェーン店が危機的状況であるというニュースが飛び交っています。
 
 
 

“本”や“本屋”は復活できるのか?
 
ただし、暗い話ばかりではありません。アメリカでは2009年に1651軒しかなかった独立系の本屋が、2015年には2227軒に増えています(「American Booksellers Association」より)。
 
大型のチェーン系列は厳しい状況だけど、特にニューヨークなどの都市部で個人で本の魅力を伝えたいという人は増えていると報道されています。こういった独立系の本屋の復活の鍵は、
 
1、コミュニティ(共同体)
2、キュレーション(収集)
3、カンビニング(イベント等を開催すること)
 
の3つと言われています。
本を売る場所という以上の価値を企画や努力によってつくり出しているから、本が好きだという店主の熱がつたわるのでしょうね。日本でもこういう動きは加速しています。
 
本屋はまず来てもらわなければその価値を伝えられません。
既に本屋に通ってくださっている人は勿論、普段本屋に行かない人に来てもらうための企画ができたらと考えています。
 
例えば、梅田 蔦屋書店で定期的に開催している「読書の学校」という選書企画では、テーマに合わせて出版社16社にオススメ3冊をそれぞれ選んでいただいて紹介しています。本を紹介していただくだけでなく、それを読者に伝えるためのゆるやかなネットワークとしても活動しています。毎月開催しているイベントを含めて、本の面白さを伝えるきっかけになればと思っています。
 
また、どうやって面白い本を探せばよいか、何か面白い本はないか、というお客さんの質問に応える形で考えたのが、「コンシェルジュ文庫」という企画です。
全国の蔦屋書店のコンシェルジュ(本を選ぶエキスパート)が偏愛する本を5冊選んで紹介するというフェアです。第一回を今年6月に行い、お客様からたくさん感想をいただきました。当たり前のことかもしれませんが、本屋に来てくださったお客様は、読みたい本を探しているのだなと感じました。
 
 
 

インターネット社会の今、本を読むことの価値とは何なのか
 

関西学院大学での読書量に関するアンケートでは、1カ月に1、2冊が70%、1年に10冊以内が61%と多く、0冊の人はいなかった。
 
 
アンケートを拝見して驚いたのは、全員の方が、本を読んでいるという事実です。
本を読まない方も多いのではないかと思っていたのですが、皆様の言葉は励みになります。ありがとうございます。
 
ここで一度、皆様と考えてみたいのは、では、そもそも何故、本屋で本を手に取り、本を読むことがいいことなのか、ということです。
 
 
1、いろいろな視点からの意見を得られ、知見が広がる
一つのテーマについて3冊を読んでいただけたら嬉しいです。なぜなら、同じテーマでもいろいろな意見があるからです。一人の著者が書いた本だけでは一つの意見を聞いたに過ぎない。関連する周辺の本も併せて読むことで、視野が広がりますし、同意見のものだけではなく異なる背景から出された意見への想像力が喚起されます。
 
2、本屋の平台には、私たちの社会、いまの時代が反映されている
例えば、今、店頭に多く並んでいる新刊は教養本です。1日1ページ読むだけで教養が身につく、という類のものです。これは現代のAIブームの裏返しだと思います。AIが流行し、人間がいらなくなるという危機感が出てきた。そこで、教養を身につけることで、そうなっても生き残れるようにという人間の集団心理としての不安をすくいとったような教養書に光があたっているのではないか。もちろん、これだけではありませんが、一つの見方として、本屋の本の流行には、産業構造の変化が反映されていると考えています。

 
例えば、『音楽と出会う』という本では、若い人が音楽を聴かないことや本読まないことの背景には産業構造自体の変化があると書かれている。一定の年代以上の方には、女性をデートに誘うために、大学に入ったら運転免許をとって車を買い、映画や本のチェックをし……といった決まったストーリーがあった。しかし、今はストーリーが自由でバラバラ。本を読むことも選択肢の一つでしかない。(三砂)
 

3、“速さの時代”だからこそ“遅い文化”の読書に価値がある
インターネットやLINE等の即時性のあるコミュニケーションを主とした“速さの時代”において、逆に読書は”遅い文化”の象徴です。『ユリイカ』の対談の中で、宮台由美子さんが言及されていますが、こうした遅い文化については、もう少し考えを深めていく必要があるのではないかと思います。
 
4、読書はもっとも美しい風景
写真家アンドレ・ケルテスの『読む時間』という写真集では、本を読んでいる人々のスナップ写真が収められています。京都のお坊さんが電車で読書をしたり、世界中のさまざまな場所で、皆本を読んでいます。村上春樹さんが翻訳したことでも知られる作家ポール・セローのエッセイ「読書について」には、こんな言葉もあります。
「読むことに我を忘れている人の表情には、常に何か光輝くものがあるような気がしてならない」。
絵画でも書物のある風景が描かれていますよね。あくまで個人的な感想ですが、真剣に本を読んでいる人の姿は美しいと、つくづく感じます。
 
『読む時間』
 
 
5、本に書かれた言葉は美しい
美しいといえば、本に書かれた言葉もそうです。本を選ぶときに装丁が大事という意見もありましたが、手に取らないような古い装丁だとしても中身が古いとは限りません。例えば、夏目漱石『三四郎』(1948年)の「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中の方が広いでしょう」は、有名アパレルブランドのキャッチコピーにも使われたことがあって、新宿の大通りにこの言葉が大きく飾られているのを見たときは感動しました。
 
6、本は物事の価値を考える指標をくれる
1917年に制作されたマルセル・デュシャンの「泉」という作品は、一見ただの便器です。普通に買えば数万円程度ですが、デュシャンの作品になると、オークションで1億円近い値段がついたりします。
漫画『鋼の錬金術師』(荒川弘 著)には、人間の構成要素を素材に分解すると金額に換算しても数千円程度という印象的な描写がありました。
現代における「価値」とは、素材の値段そのものよりかは、文脈によって生み出されているのではないか。
自分が価値があると考えているものを、アンカーのように置いていき、それをつなげて、自分たちで位置付けていくことで価値が生成されていく。こうした文脈をよみとき、また作り出すためにも読書は役に立ちます。
 
 
 

“読みたい本”を選ぶにはどうしたらいいのか?
 
日常で関西学院大学の学生が見ているのは、SNS50%、テレビ15%、本20%。テレビを見るより本を読んでいる学生の方が高い。
 
 

一番読まれている本は、海外では聖書、英語圏ではシェークスピア。日本では『書物は格闘技』(瀧本哲史 著)で“国語の教科書”と書かれている。「世代が違っても同じ作品を読んでいることになり、同じフィールドで自分の考えを話し合える。非常に重要なことです」(三砂)
 

本屋でお客さんによく聞かれるのが、読みたい本がわからない、どうやって選んだらいいのか、ということです。
 
博報堂ケトルの嶋浩一郎さんの本『本屋に行くとなぜアイデアが生まれるか』には、本屋に行けばネットなどで手に入る以上の想定外の情報が手に入る、とあります。はじめからどんな本が欲しいか分かっている人は少ないと思うんです。分からなければ検索してネットで購入することもできません。本屋に行けば、何気なく手に取って購入した本が、その人の人生を変えることもあり得ます。
 
また、人生で読める本の冊数には限りがありますから、どうやって出会うのかも大切です。
 
本屋に行くと、よく売り上げベスト10をやっていますよね。
みんなが買っているという安心感があるからでしょうか。
私が勤めている書店では実施していませんが、実際にランキング上位の本はよく売れます。
しかし、これは逆に考えると、自分で本を選んでいないということにならないでしょうか。
SNSでも書評などをチェックして、自分が買おうとしている本、買った本が対価に見合っていたかを気にしたことはありませんか? 
本以外でもそうですが、そのもの自身の価値よりか、損していないかどうかが重視されていて、自分で考えて“選ぶ力”というものが全体的に落ちているのではないかと思うのです。
 

提供:関西学院大学生協書籍部

 

出典:全国大学生活協同組合連合会HP Book Best 10より
TOEICや就職試験に関する本など、使える本が主。京都大学のベスト10では、京都大学は『京大変人講座』1位、『京大的アホがなぜ必要か』4位がランクインしていたのが特徴的。東大生が執筆した本も売れている。また、東大も京大も共通で大澤真幸『社会学史』がランクイン。
 
 

高村峰生氏(関西学院大学 国際学部 准教授)いわく、アメリカの大学生と日本の大学生の差は読書量。
 

では、ベスト10以外で本を選ぶ方法は何か。
その一つに、本屋がどのような見せ方や基準で本を陳列しているかを知っていただくと、ひとつの目安になると思います。
 
本屋には本棚と平棚がありますが、それぞれ置いている意味が違います。
平台は今買ってほしい本、本棚はその本屋を表している属性を反映しています。人間はだいたい左側から動いて行く習性がありますから、今一番売れているものは左側の一番手前、その次は右側の一番手前にある確率が高いです。
 
また、目次や著者をチェックすることも大事です。私たち書店員も本を陳列する場所を決めるときに確認していますが、目次から本の内容、著者の略歴から過去の著書のジャンルや出版経緯から本の質や傾向を判断できます。さらに前書きと後書きも読めればベストです。
 
 
 

本は人生をかえる
 
学生時代に読む本で人生はかわります。
 
私の大学の同級生に、『夜間飛行』(サン・テグジュペリ 著)をポケットに入れて読んでいた友人がいました。
彼は俳優を志望し、テレビや舞台にも出演していましたが、『夜間飛行』と出会って、パイロットを目指しました。
大学卒業後に2年間ほど働きながらお金を貯め、航空学校に入り直し、4年後にパイロット試験を受けて、見事合格。2回落ちると受験資格自体を失う非常に厳しい試験を突破したのです。その原動力になったのが、『夜間飛行』だったという話をきいて、改めて本の力を実感しました。
 
「読書の学校」のプレ企画をはじめる際、彼にも協力してもらい『夜間飛行』の紹介文を書いてもらいました。
その推薦文に心を動かされたお客様は多く、やはり感動した人が書くと、伝わるのだなと思いました。
 
おそらく、普段言葉にしないだけで、皆さんにも一生ものの本があると思います。
これからそうした本に出会われる方もいらっしゃると思います。
もし、そうした本と出会えたら、その本について、友人や隣人、たまたま隣り合わせた人と語り合うことができたら、その人との距離や理解が深まるはずですし、何より面白いと思います。
本と人が出会うたびに、何かがはじまる可能性がある。
もし、可能なら、みなさんの人生をかえた、大切な本を教えてください。
それを本屋で売らせてもらえたら、これほど嬉しいことはありません。
本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。またお目にかかれたら幸いです。 
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