【コンシェルジュのコラム】物語の画家 / エドワード・ホッパー|アートコンシェルジュ 山下

梅田 蔦屋書店にはそれぞれの分野に特化した知識をもったコンシェルジュや売場担当者がたくさんいます。担当するジャンルについてはもちろん、本のこと、日々のこと、それにも当てはまらない❝まさか❞のことまで、一人ひとりの個性を大切にしながら紡ぐ、コラムのコーナーです。第六回目はアートコンシェルジュ山下がお送りします。
 
 
物語の画家 エドワード・ホッパー
 
―― 静けさと孤独を感じる映画のような一場面
まるで映画のワンシーンのような絵画を描いた画家、エドワード・ホッパーは20世紀のアメリカの具象絵画を代表する1人です。 都会のオフィスやホテル、劇場、郊外の風景を、シンプルな構図と色彩、ドラマチックな陰影を用いて描いた独特なリアリズムが人気です。また、ホッパーの作品に描かれた人びとは、微笑んだり、悲しんだりすることもなく、無表情で感情を読み取ることができず、静けさと孤独感が感じられます。
 
 
そんなホッパーの作品は、グレイス・ペイリーの『最後の瞬間のすごく大きな変化』をはじめとする村上春樹翻訳の3つの短編集や、パトリシア・ハイスミスの小説『キャロル』のカバー装画としても使われています。 グレイス・ペイリーの読者を翻弄しながら、ストーリーの中に惹き込んでいく複雑さをもった作風や、『キャロル』の女性同士の秘められた、ままならない恋愛模様は、感情を見せずに鑑賞者を惹きつける、ホッパーの絵画ととても相性が良いのではないかと思います。
 
 
―― 17の絵、その絵の中の物語は語られるのを待っている
作家のローレンス・ブロックは「(ホッパーの)絵の中に物語があることを、その物語は語られるのを待っていること」を感じ、『短編画廊 絵から生まれた17の物語』という1冊の短編集を、ホッパーの作品を愛する16人の作家とともに書き上げました。スティーヴン・キングやジェフリー・ディーヴァーなど日本でも人気の作家をはじめ、個性豊かな書き手たちが絵の中の物語にいざなってくれます。
 
SUMMER EVENING, 1947 (『短編画廊 絵から生まれた17の物語』ハーパーコリンズ・ ジャパン より)
 
玄関ポーチでカップルらしき男女が会話する夜の光景を描いた作品『SUMMER EVENING』からは、ジル・D・ブロックが『キャロラインの話』と題する家族のストーリーを生み出しました。もうすぐ40歳を迎えるハンナは、生まれてすぐ生き別れた両親の家を、娘であることを隠して、ホスピス・ボランティアとして訪れます。話が進むにつれて、ハンナとハンナを娘だと知らない家族がどうなっていくのか、ドキドキして気持ちが高鳴ります。

SOIR BLEU, 1914 (『短編画廊 絵から生まれた17の物語』ハーパーコリンズ・ ジャパン より)
 
『SOIR BLEU』は、日が暮れて間もないレストランのテラス席で、場違いなピエロが煙草をくわえる少し不気味な感じのする作品です。 ロバート・オーレンの『宵の青』は、この作品の風景をストレートに活かした、ミステリアスな物語です。不誠実な恋人と、恋人を奪おうとする男に苛立ちを覚える画家が、ふと目を奪われたテラス席のピエロに、そして記憶の中の父親にじわじわと追いつめられていきます。
 
ROOM IN NEW YORK, 1932 (『短編画廊 絵から生まれた17の物語』ハーパーコリンズ・ ジャパン より)
 
部屋の中で新聞を読む男性と、ピアノに向かい物思いに耽る女性、一人掛けソファーとドレスのオレンジ色が印象的な『ROOM IN NEWYORK』は、スティーヴン・キングにより『音楽室』という意外性に溢れる物語に。一組の夫婦の会話と繰り返し聞こえるクローゼットからの音・・・、読み進めるごとにスリルが高まり、読み終わるころには、絵から受ける印象が180度変わってしまう傑作です。
 
 
ご紹介した3作品以外の短編も、エドワード・ホッパーの作品の魅力と、作家のイマジネーションを堪能させてくれる素晴らしいものばかりです。 アートと小説を同時に楽しめるギャラリーを訪れたような気持ちで本書を楽しみながら、自分なら絵からどんな物語を紡ぎだすのか、思い描いてみてはいかがでしょうか。

PROFILE|アートコンシェルジュ 山下
徳島県出身。一般企業に就職するも「アートと本にかかわる仕事がしたい」と京都のギャラリーでインターンをしながら、大阪千日前の書店でアルバイトを始めました。「アートと本が一緒にある空間を作りたい」と考えるようになった頃、たまたま梅田 蔦屋書店ができることを知り、コンシェルジュに応募して現在に至ります。アートももちろん大好きですが、読書は専らSF小説やミステリー、海外小説、ときどき料理エッセイ。
 
今回ご紹介した書籍
『短編画廊 絵から生まれた17の物語』ローレンス・ブロック編・ハーパーコリンズ・ジャパン
 
『最後の瞬間のすごく大きな変化』グレイス・ペイリー著 村上春樹訳・文藝春秋
 
『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー著 村上春樹訳・文藝春秋
 
『その日の後刻に』グレイス・ペイリー著 村上春樹訳・文藝春秋
 
『キャロル』パトリシア・ハイスミス著・河出書房新社
ご感想はこちらまで:umeda_event@ccc.co.jp

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