浦和 蔦屋書店の本棚Vol.11 作家伴名練
今いちばん知ってもらいたい、読んでもらいたい作家・伴名練
これまで当HPでは作品をオススメしてきました。今回は作家にスポットを当てます。「SFって難しそうだし、面白くなさそう」これは“SFを推した時の反応あるある”です。そんな時に紹介したい作家がいます。それが“2010年代、世界で最もSFを愛した作家”伴名練です。
伴名練という作家
アイディア・ビジョン・思考・文体と、作品ごとに技巧を凝らして作りこまれた作品は傑作ぞろい。下地となるのは過去作の圧倒的な知識量。それらのモチーフを巧みに落とし込み変奏された作品は、コアなファンが読めば先人たちの足跡を辿ることができます。同人誌に発表した作品がたびたび東京創元社の年間傑作選に収録されていることが、質の高さの証です。しかしマニアックなだけではありません。SFの面白さをエンタメの中にごく自然に組み込んでいます。だからこそSFに親しみがない読者にオススメしたいのです。『なめらかな世界と、その敵』に収録された「ひかりより速く、ゆるやかに」は、主人公の思考や葛藤とストーリーテリングがかみ合った青春小説で、幅広い読書の心に刺さるはずです。もし、あなたのSFとの初めての出会いが伴名練だったら、こんなに素敵なことはないと思います。
伴名練が紡ぐアンソロジー
アンソロジーとは特定のテーマの作家や作品を集めたものです。圧倒的知識と情熱を誇る伴名練がアンソロジーを編んだら、はたしてどうなるのか。それが『日本SFの臨界点』です。怪奇篇と恋愛篇でそれぞれテーマにそった傑作選になっており、「SFというものは、こんなに広いのか」と驚きました。知らない作家や作風と出会える作品集なので幅広い読者が楽しめるでしょう。本作の特徴は伴名練に感銘を与えたSFというだけでなく、手に入りづらい作品や埋もれた作品にもスポットライトを当てている点です。掲載作家の再評価につながる、あるいは次なる〇〇篇が出版されるかもしれません。見逃せない魅力がもう一点。作家紹介と編集後記でさらなる深みを求める読者への手引きがされています。この編集後記の熱量にあてられて読書欲がぐんぐん沸いてくるでしょう。
SF沼へようこそ
上記の三冊を読み終えたときには、自分の両足がSF沼にどっぷりと浸かっていることに気づくはずです。伴名練は愛情と知識と技術を駆使してあなたを待ち構えています。
これが、あなたをSFの世界へと導く最良の出会いになれば幸いです。
『なめらかな世界と、その敵』 伴名練 早川書房
伴名練作品集。ベストSF2019国内篇第1位。連作ではないので、どこからでも読むことが可能ですが、「なめらかな世界と、その敵」と「ひかりより速く、ゆるやかに」は是非とも読んでもらいたいです。
まずは表題作でトップバッターを飾る青春SF、「なめらかな世界と、その敵」。超絶技巧。まさにこんな小説が読みたかった。場人物は並行世界を自在に行き来することができます。連続した意識で風景が次々に切り替えられる描写に眩暈を感じました。現実では決してありえないことをまざまざと見せつける鮮烈な文体と技巧に冒頭数ページで心を鷲掴みにされるはずです。
そして2019年を代表する短編小説、「ひかりより速く、ゆるやかに」。修学旅行生を乗せた新幹線が正体不明のアクシデントに襲われる。事件と向き合う主人公の葛藤と覚悟が胸を打ちます。「災害」を自分の都合の良い物語として消費する人たちが登場します。これは情報社会を生きる私たちには切実な問題です。アニメ化したらとてもハマりそうな作品ですが、同時に“小説”だからこその仕掛けがなされていて、これもまた伴名練の技巧の凄みです。瞬間最大風速を目指したと作者がいうように“今”読みたい作品に仕上がっています。
その他の作品も傑作ぞろいです。もしもSFの始祖が3人の女学生だったならを描いた「ゼロ年代の臨界点」。虚構の文学史+タイムトラベルというテーマ自体が最高です。つぎに伊藤計劃に奉げる「美亜羽へ贈る拳銃」。インプラントで人間の意志や感情を書き換えられるようになった世界の真実を問う作品。どんでん返しあり、ホラーチックな余韻を残すラストが印象的。妹から姉へ綴られる手紙で語られる書簡小説の「ホーリーアイアンメイデン」はお嬢様ことばが冴えわたっていますわよ。歴史改変SF「シンギュラリティ・ソビエト」。超高度AIによってソ連が覇権をとった世界。AIと人間、義姉と妹の関係性を描きながら思考を重ねる。ラストに示される未来のビジョンがそれはもう格好いいです。
『日本SFの臨界点〈恋愛篇〉』
ボーイ・ミーツ・ガール、家族愛、百合など愛情にも様々なかたちがありますが、それに科学やテクノロジーを加えるとより一層ドラマチックに。情緒的で美しい作品が揃っています。
『日本SFの臨界点〈怪奇篇〉』
怪奇篇ということですが、いわゆるホラー系の怖い作品というよりも、不思議や不条理系寄りの作品が多めです。SFは“少し不思議”“スゴイ不思議”なんて称することもあるので、これも王道。作者の頭をのぞき込みたくなるようなトンデモ小説がそろっています。
文芸担当:唄