浦和 蔦屋書店の本棚Vol.14 『地下鉄(メトロ)に乗って』浅田次郎
「地下鉄が繋ぐ、今と過去」
世界的大企業の御曹司であった主人公・小沼真次。
高校時代に暴力的な父のもとを脱した彼は、中年のサラリーマンになっていた。
いつもと変わらないある日、帰宅中の真次が地下道の階段を上ると、そこは30年前の東京だった。
この出来事を皮切りに、真次は地下鉄を通じて何度も今と過去を行き来することとなる。
30年前に電車に身を投げて死んだ兄の命日。
第二次世界大戦後に銀座の街に広がっていた闇市。
満州におけるソ連侵攻。
きらびやかなアールヌーヴォー時代の銀座。
そして再び、兄の命日へ。
過去へ過去へと巻き戻されるなか、尊敬する兄の死の真相と、大嫌いだった父の歩んできた人生を垣間見る真次はやがて、一つの結論に辿り着く。
本作の魅力は、華々しい芸術に彩られた美しかった銀座の街も、真っ白な灰に呑まれてしまった銀座の街も、古き良き時代から激動の時代まで、そのすべてを体験できることです。
今と過去を繋いでくれるのは、東京という大都会の下に駆け巡る巨大な血脈・地下鉄(メトロ)。
これまでただの乗り物としか見てこなかった鉄道の、本当の存在理由を感じさせられました。通学中には古臭いとしか思えなかった地下道も、戦時中から人々に寄り添い、確かにそこに存在していたことを思うと、不思議と美しく感じます。
いままでも、これからも、地下鉄(メトロ)は人々の生活と歴史を乗せて生きていくのだと意識すると、これまで殺風景で冷たく感じていた地下鉄の車窓も、なんだか悪くない気がしてきました。真次が過去を見てきた本当の意味も、そのなかで描かれる人々や街の美しさも、何もかもが「情」という温かみをもっています。
いま現在、大都会・東京での生活は、圧倒されるほど巨大なビル群に囲まれています。
そんな上を見上げてしまいがちな今だからこそ、改めてその足元に目を向けさせてくれる本作が、私たちの胸に響きます。
浅田次郎の描く地下鉄に乗って、時空を旅してみませんか。
文芸担当:細矢