浦和蔦屋書店の本棚Vol.19『円 劉慈欣短篇集』劉慈欣[著]大森望、泊功、齊藤正高[訳] 早川書房

商品紹介
2022年07月01日(金) - 07月31日(日)
『円 劉慈欣短篇集』劉慈欣[著]大森望、泊功、齊藤正高[訳] 早川書房

近年の海外小説で屈指の話題作といえば三体(本文での、三体はシリーズ全体を、『三体』は第一巻を指します)ではないでしょうか。オバマ元大統領からアメトーーク!読書芸人まで世界中で愛される作品です。万人におすすめできる最高のエンタメですが、分厚い、難しそう、と敬遠される方もいらっしゃるようです。そこで『円 劉慈欣短篇集』です。

三体に興味を持った方は、むしろ本書から手にしていただきたい。私は完結編まで読み終えた三体愛読者です。夢中になるあまり作品に取り込まれてしまいました。すると、別の作品にふれるときにも「うん。これは三体」とか言い出します。どこにでも三体を求める。これが三体ロスです。この文章が三体によっているのもそのせいです。この短篇集には様々なアイディアが含まれているので、三体との共通点を探しながら読むのも楽しいでしょう。しかし、劉先生は荒唐無稽とすらいえる突拍子もないアイディアを巧みなストーリーテリングに巻き込んで爆発的に面白い作品に仕上げる作家です。できればフラットな姿勢で接した方がより楽しめるのではないかと考えました。大きなお世話ですが。

本書には14の作品が収録されています。その中のいくつか紹介します。まずは「詩雲」から。本文を引用します。の舞台には、一頭の恐竜と、その恐竜に食用として飼われている家畜の一員たるひとりの人類と、唐王朝風の古装束を着て、テクノロジーで李白を超えようと目論むひと柱の神がいて、最高に荒唐無稽な芝居をいままさに上演しようとしている。いかがですか、すごいでしょう。李白(超文明の神)が詩を究めようとするのですが・・・。滅茶苦茶なお話です。「郷村教師」は、貧しい村で子供たちの教育に人生を捧げる教師とその生徒たちの物語です。貧困による貧困の再生産が鮮明に描かれていて心に重くのしかかる作品です。その他の作品でも貧困、格差、環境問題は他の作品でも取り上げられるテーマです。また、劣悪な暮らしをテクノロジーで変えられるのか、という問題意識もあります。「地火」は父が炭鉱労働者だった技術者が、産業の変革に挑みます。自然が人間に絶望的に立ち塞がる様が大迫力です。科学は人の希望となりますが、同時に人を過信させ、過ちの原因ともなります。そして自然や宇宙は美しいだけの存在ではないと痛感します。「円円のシャボン玉」も親子、テクノロジーがテーマですが、「地火」と対照的にこちらはずっとポジティブ。シャボン玉に夢中になる主人公が可愛らしく、ラストシーンが美しいです。

そして真打が表題作「円」です。荊軻は秦の始皇帝の命を受け円周率の10万桁を求めます。その計算に動員する兵300万。わずか20数ページですが、とにかく驚く作品です。壮大すぎてある意味バカSFと言っても過言ではありません。この作品は『三体』の一部分で、登場人物を差し替えて短篇化した作品です。三体を未読の方でしたらこれが一体どのような作品に繋がるのか気になって仕方ないはずです。

結局最後まで三体の話題になってしまいましたが、この一冊だけでも特別な読書になるはずです。お気軽にどうぞ。

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