浦和蔦屋書店の本棚Vol.20『時間の王』 宝樹・著 稲村文吾 阿井幸作・訳/早川書房

商品紹介
2022年07月18日(月) - 09月30日(金)
『時間の王』 宝樹・著 稲村文吾 阿井幸作・訳/早川書房

海外SFでいま最も注目すべき作家と言えば宝樹(バオシュー)でしょう。劉慈欣の『三体』の公認スピンオフ『三体X 観想之宙』の著者です。その宝樹の短篇集『時間の王』を紹介します。『三体X観想之宙』にハマった方はもちろん、どのような作家なのか気になった方に是非ともオススメしたいです。時間SFをあつめた短篇集で、多面的な魅力があります。まず読みやすいです。それでいて、SFというジャンルを愛している作家だけあっていずれの作品にも趣向が凝らされています。さすがは時間SFの名手。以下に各作品を紹介します。

「穴居するものたち」古代は紀元前一億四千万年から未来の紀元十二万年まで、永きにわたる時のなかで、各々の時代の洞窟に生きる人間を描きます。この洞窟というのは穴倉だけに限ったものではなく、芸術哲学電脳空間宇宙とその時代で意味がかわります。何かに囚われる個が大きな物語に繋がっていく、これぞSFという作品です。

「三国献麺記」時間旅行会社の男のもとに舞い込んだ奇妙な依頼。かつて赤壁の戦いから敗走した曹操に麺料理を御馳走し、命を救ったというデタラメを起源としていた飲食産業の大チェーン。それを事実にするため、時間旅行で曹操にラーメンを食べさせる〈麵操〉プロジェクトに奔走する歴史改変SFです。あまりに下らない理由にワクワクします。しかし、時間旅行が一般化したら、いわゆる黒歴史の修正に本気になるのだろう、と考えると妙に腑に落ちます。未来人であることを隠そうとしますが、年号名前地名風習が噛み合わなかったり、次々トラブルに遭遇したりと、コメディとミステリーが効いたドタバタ劇です。

「時間の王」事故をきっかけに記憶している場面を自由に飛び移れる男。過去に戻り選択を変えることができます。ただし、それはほんの短い出来事で、結局すべてもとに戻り、歴史を変えることまではできません。彼の願いは幼少期に出会った、病気で亡くなった少女を救うことです。何も変えることができない中で、どうにかもがいてある事実へたどり着きます。過去の記憶や出来事と向き合うことを繊細に描く切ない作品です。

「暗黒へ」人類最後の生存者の乗った宇宙船がブラックホールの引力に捕らわれてしまう。彼が生きる理由、彼が最後に目にした光景とは・・・。ラストシーンの美しさ。傑作。

他にも、不死となり生き続ける男と、彼の前に度々現れる女の逢瀬がロマンチックな「成都往時」。時間SFと思い人とのすれ違いは相性抜群で王道です。意中の女性の無茶な要求に応えるために、貧乏学生が未来の子孫を頼る「九百九十九本のばら」は青春の若いエネルギーが溢れています。オチで思わず笑ってしまう、アイディア勝負のショート作品「最初のタイムトラベラー」などが収録されています。キャラにアイディアにストーリーテリングと見どころが多い作品ばかりです。どの作品のどこが好きかを語りあったら盛り上がるでしょう。

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