浦和蔦屋書店の本棚Vol.21『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司/早川書房

商品紹介
2022年11月22日(火) - 01月31日(火)
『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司/早川書房

 『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』は事故からの再起を図るダンサーを描き、身体性・芸術性・人間性に肉迫する傑作です。
 身体表現の限界を極めようとコンテンポラリーダンスに人生を捧げてきた護堂恒明(ごどうつねあき)。彼は不慮の事故で右足を失い、AI制御の義肢を身に着ける。そして知人の谷口が、新たに立ち上げたダンスカンパニーに彼を誘い入れる。谷口はダンスが身体性や人間性を伝える手続き(プロトコル)を解明するために、ダンスロボットと人間が共演するステージを作ろうとしていた。再起を図る恒明をさまざまな艱難辛苦が待つ。
 AIやダンスロボットといったテクノロジーが描かれますが、中心になるのは人間性です。物語は、恒明がダンサーとしての身体性をいかに取り戻すのかということ、ロボットと人間がいかにしてステージで共演するのかという挑戦、そして恒明の父・護堂森(ごどうしん)との関係性です。
 護堂恒明はダンスに人生を捧げてきました。その彼が足を失うことの喪失は計り知れません。義肢と共生しなければなりませんが、多くの困難があります。身体表現の極致であるコンテンポラリーダンスは日常生活の動作から逸脱しているので、恒明が踊ろうとしてもそれに応えてくれません。積み上げたものを取り戻そうとする焦りや、それでも踊りたいという衝動が、読者自身の身体にも疼きをもたらします。この作品を読んでいる身体、この作品を読んで考える思考というように身体と思考のつながりを意識せざるを得ません。
 ダンスは身体性、人間性が観客に伝わるからこそ感動を呼び起こします。ではロボットではどうか。作品の舞台は2050年で、ダンスの技術という点では人間をすでに超えていますが、しかしそれは感動の伴わないダンスです。身体性を伝えるプロトコル(手続き)はいかなるものなのか。また、人間と異なる身体と知性をもつロボットが独自のダンスを追求したならばどのようなダンスになるのか、そして人間とステージを共にする事ができるのか、という問いを深めていきます。ロボットと人間が共演、調和ができたときに生まれる芸術が描かれます。
 本作でもっとも重要になるのが父の森との関係性です。森は70歳を超える老人ですが、父であると同時に、コンテンポラリーダンスの偉大な先人で、恒明をダンスの世界に引き込んだ存在です。谷口のカンパニーに参加して間もなく、森は認知症を発症してしまいます。恒明はダンストレーニングと仕事と介護を並行して行わなければなりません。次第に森の記憶力や思考力が失われていき、日常生活や会話も以前の様にはできません。介護自体の大変さと、父であり畏敬の念を抱いていた舞踏家から人間性が零れ落ちる様子は恒明を追い詰めていきます。半世紀近くダンサーとして生きて認知症によって意図せず身体性を失ってしまった森。新たな身体性の獲得を試みる恒明。ふたりは対照的な存在です。
ダンス、義肢、ロボット、介護などを描きながら、人間性、そして人間性を他者に伝えることがくりかえし思考されます。ひとりのダンサーを追ったドキュメンタリーのようでもあります。タイトルである、ヒューマニティ(人間)とプロトコル(手続き)に思索を巡らせます。気持ちや言葉や踊りが他者に伝わるためのプロトコル。そして、人間とは違う知性を持つ義肢やロボットとのコンタクト。人とテクノロジー、あるいはテクノロジーの恩恵に与れない人。以前とは別人のようになっていく父の介護。知性や身体性に対する思索は、恒明が見出す人間性に結実します。人の限界を直視させられる過酷な物語です。しかしつらいだけの物語ではありません。小説だからこその深い思考性、その問題のひとつひとつの切実さ、本作はきっとあなたの一部になる作品です。
 
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