浦和蔦屋書店の本棚Vol.22 『標本作家』小川楽喜/早川書房

商品紹介
2023年01月25日(水) - 02月28日(火)
『標本作家』小川楽喜/早川書房

今回紹介する『標本作家』は、第10回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した作品で、新たな才能です。デビュー作にして壮大なスケール、巧みな構成、幻想的な世界観が印象的な作品です。

なぜ創作するのか。本作は創作にまつわる作家たちの苦悩の物語です。西暦80万2700年、人類が滅びた終末世界を治めるのは、超越的テクノロジーをもつ〈玲伎(れいき)種(しゅ)〉で、彼らが作った〈終古(しゅうこ)の人(じん)藍(らん)〉が舞台になります。かつてロンドンだったと思われる場所に建てられた〈終古の人藍〉は、降り積もる雪と雪から生じる謎の廃墟と相まって退廃的で幻想的です。そこで暮らす作家たちは〈玲伎種〉によって再生、不老不死化(不死固定処置)された標本として管理されています。標本となるのはかつて一線で活躍していた作家たちです。
 
しかし、永遠の命のもとで、数万年を超えて行われてきた執筆活動によって作家たちは停滞感や倦怠感に苛まれています。〈終古の人藍〉に存在する人間はみな作家ですが、ただ一人の例外が本作の語り手であるメアリ・カヴァンです。彼女は巡稿者という、編集者的な立場で作家たちの創作活動を共にしてきました。彼女は決断を下します。それが〈終古の人藍〉と作家たちに終局をもたらす可能性に気づいていましたが、それでも作家たちが本来の輝きを失ってしまったことを目の当たりにしてきた彼女にしかできない決断です。

ここまでは本作の第一章で、導入にすぎません。メアリの決断によって〈終古の人藍〉は揺らぎ、読者は新たなる終末を見届けることになります。本作で描かれるのは架空の文学史・人類史です。〈文人十傑〉なる大作家たちが登場します。誰がモデルかわかる実在した作家や未来の作家など多士済済がメアリを介して描かれます。彼らの苦悩とメアリの苦悩そして虚構と現実という、本来なら重ならなかったはずの事柄が物語が進むにつれて交じり合って予想できない事態へとなだれ込みます。

本作は読者の前に現れる謎めいた巨大建築です。巧みに構成された迷宮を手探りで進みながら、人類と文学の歴史への思考を堪能できます。メアリが大いなる苦しみと悲しみの果てに立ち会う悲しくも美しい景色が圧巻です。この景色のためにこの作品があったのだと深いため息が漏れるようなラストシーンです。ぜひこの作品をより多くの読者に体験してもらいたいと思います。
 

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