【六本木ホラーショーケース -ARTICLE-】#027  『第五胸椎』に芽生える美しさと恐怖と……

“活きのよいホラー映画、ご紹介いたします”

【六本木ホラーショーケース】
六本木 蔦屋書店映像フロアがお贈りするホラー映画紹介プログラム。
ホラー映画を広義でとらえ、劇場公開作品を中心にご紹介し、そこから広がる映画人のコネクションや文脈を紐解いていきます。
 
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今回ご紹介するのは、『第五胸椎』です。
 
ポスター画像
(C)THE FIFTH THORACIC VERTEBRA
 
『第五胸椎』
2022 | 監督:パク・セヨン
 
 
『第五胸椎』を簡単にご紹介すると、マットレスに生えた“カビ”の視点を通して、それと接触した人々の人生の断片に触れるロードムービーです。
文章にしてみれば、一体どういうことなのか見当がつきにくいかもしれませんが、そうとしか言えないのがもどかしいです。
 
まず「カビの視点」という部分ですが、比喩などではなく皆さんがよく知るカビを中心に物語か進みます。
しっかりと洗われていないマットレスに生えているというところにとてもリアリティを感じさせますが、それが主人公になり得るのかという疑問は残ります。
普通なら到底、物語の主人公になりえないモノが中心となった映画に『ラバー』があります。
物言わぬただのタイヤがテレパシーを用いて殺人を行うという、なんとも奇天烈な映画です。
カンタン・デュピュー監督はこの現象の説明付けも原因も示さず、ただただ巻き起こる事象を淡々と見せていきましたが、『第五胸椎』にも近しい方向性を感じます。
 
『ラバー』ではこの意外な主人公の物語を、何を考えているか分からないサイコパスによるサスペンススリラーとして見せていきます。
加えて、それがただのタイヤが引き起こしているという不条理コメディの側面も引き立って行きます。
一方『第五胸椎』では、カビのビジュアルに由来するホラーという根底はありつつ、マットレスが引き渡されていくことで様々な人と触れ合うロードムービーの味わいが湧き上がってきます。
そして、彼らの営みに触れ、時に介入を試みながらも気づかれることなくまた次の所有者へと引き渡されていく様は、悲しみをたたえたヒューマンドラマのように感じるかもしれません。
64分という比較的短い尺の中で、さまざまな感情を引き起こす芽が生えている作品と言えるでしょう。
 
【六本木 蔦屋書店のオススメ:鑑賞前後に観たい作品】
 
 
『アリス』
1988 | 監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
 
近年、ストップモーションの手法を使いホラー表現をする作品がまた盛り上がってきているように感じます。
2023年に『オオカミの家』が日本公開され、映画ファンを騒然とさせたクリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ監督コンビは新作『ハイパーボリア人』でも異次元の映像表現を見せてくれます。
ロバート・モーガン監督の『ストップモーション』は、その名の通りストッモーションアニメを制作する女性が次第に狂気に飲み込まれていく様子を実写と掛け合わせて描いています。
それらの源流にあるのがチェコスロバキアのヤン・シュヴァンクマイエルではないでしょうか。
『第五胸椎』でのカビの増殖などの幻想的で恐ろしいシーンの数々はヤン・シュヴァンクマイエルの影響下にあるような印象を受けます。
美しさとグロテスクさが共存する映像は、間違いなく見どころの一つです。

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