【第24回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『女には向かない職業』P.D.ジェイムズ/早川書房

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。





コーデリア・グレイという探偵『女には向かない職業』

 

「フィリス・ドロシー」と聞いて「ジェイムズ」と続けられますか。私は続けられます。一般的に「P.D.ジェイムズ」と表記される不世出の作家の、それが正式な名前である。さて、では「P.D.ジェイムズ」と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。詩人にして刑事であるアダム・ダルグリッシュを主人公にしたシリーズ諸作か(特に重厚さの増す第四作以降もいいけれど、私はシリーズ第三作『不自然な死体』がホワイダニットものとして素晴らしいと思っている)、あるいはアルフォンソ・キュアロンが映画化したSF『人類の子供たち』か。いやいや、恐らく多くの人たちはP.D.ジェイムズを、こう記憶しているだろう。『女には向かない職業』の作者だと。
 本書が世に出たのは一九七二年。今年二〇二二年はこの特別な一冊の刊行から五十年目の節目に当たる。
 本書の主人公はコーデリア・グレイ。二十二歳、女性、職業は私立探偵。探偵事務所のパートナーの自殺によって一人遺された彼女は、ある科学者の息子が自殺した理由を調べてほしいという依頼を受け、単身捜査にあたる……
 女探偵の先駆けとして有名なコーデリア・グレイだが、彼女が主人公として登場するのは、実は本書と続編『皮膚の下の頭蓋骨』のみである(ジェイムズが書き続けたアダム・ダルグリッシュシリーズで言及されることはある)。ではたった二冊でミステリ史に名を残したコーデリア・グレイとはどのような探偵なのか。

 「新しい仕事を探すんでしょう? どう考えたって、あんた一人ではあの事務所はやっていけないものね。女には向かない職業だよ」(p.25)

 パートナーの死後、そんな言葉を投げかけられながら、彼女は死んだ青年を取り巻くそれぞれに胡散臭い人々を訪ねていく。その中の一人に「リア王」の三人姉妹の末の妹と同じ名前をからかわれた時に彼女が返すのがこの言葉だ。

 「私の名前のことで冗談をおっしゃるかたは、たいてい、私の姉妹のことを聞きます。たいへんうんざりします」(p.108)
 芯が強く肝のすわった彼女の性格がここに表れている。そしてもう一つ、記憶に残るのがこの台詞だ。

 「でも、この世に住んでいる人々がたがいに愛し合えないのなら、この世を美しくしていこうと努力してなんの意味がありますか!」(p.248)

 この台詞を裏返してみよう。この世の人々が互いに愛し合えないのなら、世界を美しくしても意味がない。つまりは、人々の愛があってこそ、世界は美しくするに値するのだ。この台詞を口にするには、人間に対する信頼が必要だ。愛に価値を置く意志が必要だ。だからこの台詞を、たとえばジェイムズのもう一つのシリーズの主人公であるアダム・ダルグリッシュは、言えないだろう。凄惨な人の営みをいやというほど目にしてきたダルグリッシュには、こんなに真っ直ぐに人間を信じ愛を評価することはできないだろう。しかしコーデリアにはそれができる。彼女は人間を諦めてしまってはいないからだ。
 この二人の違いが、物語の道筋を決める。もしもこの事件の捜査に当たっていたのがダルグリッシュだったなら、この物語はきっとまったく違う展開を見せていた。そこにいたのがコーデリアだったからこそ起こったことが、本書の面白さにつながっている。
 実に五十年前にかくも魅力的な女性を主人公に据えた本書は、時を経た今もまったく古びることなく教えてくれる。「女には向かない職業」。そんなものはないのだと。

 

 

今回ご紹介した書籍

 
『女には向かない職業
P.D.ジェイムズ・著
早川書房

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
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