【第40回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『セルリアンブルー 海が見える家』T.J.クルーン/オークラ出版

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。
 

Chosen Familyになること 『セルリアンブルー 海が見える家』

 
 あなたはユニークな存在だ。あなたに似たものを誰も見たことがない――あなた自身でさえ。テレビをつけてみよう。本を開いてみよう。あなたに似た誰かの物語はそこにあるだろうか? ない、とあなたは思うかもしれない。それも当然だ。世界は「みんな」であふれている。あなたがどうしてもその一員になることができない圧倒的多数の人々の姿ばかりがそこにあって、正直なところ、あなたは孤独を感じている。あなたはもしかしたら、自分を表すのにぴったりくる言葉をさえ、持っていないかもしれない。だからあなたは自分を表す、この世に存在するのだかしないのだかさえ判然としない言葉を、インターネットで検索することさえできないかもしれない。あるいは、その言葉を検索した結果、見知らぬ人々から向けられる酷い言葉の数々に傷つくことになるかもしれない。あなたには、本当のあなたを隠さずに見せることのできる場所が必要だ。よく知りもしない人から憎しみをぶつけられるのではなく、親しい人から労わりや優しさを受け取ることのできる場所が必要だ。

 マーシャス児童保護施設は、そこで暮らす子どもたちにとって、そのような場所だった。そこには、やたら人間を肥料にしたがるノームの女の子がいる。ボタンが大好きな飛竜がいる。何者なのだか誰にもわからない、不思議な姿の子がいる。そして子どもたち全員を心底大事にして守ろうとしている、謎めいた施設長アーサーがいる。

 施設を存続させるか否かの判断を下すためにやってきたケースワーカーのライナスは、島にある施設に引きこもるように暮らす彼らにとって、外界への扉のような存在にもなる。

  象徴的なのは、ライナスがある子の部屋を調べていて、クローゼットの中に机とタイプライターを見つける場面だ。ライナスは言う。
「窓の前に置いたほうがもっとすてきだと思うな」(下巻p.35)。
しかし彼は、決してその子に「クローゼットから出る」ことを強要しない。彼は言う。
「きみがそう望むなら、机は今のままで申し分ない。きみがその気になるまで動かす必要はないし、全然動かさなくたっていいかもしれない」(下巻p.36)。
この言葉が救いになる人が、「みんな」の一員になれない人々の中に、一体どれだけいるだろうか。

 一時期店に立つと、”Chosen Family”というリナ・サワヤマの歌がくり返し流れていたことがある。その歌詞にこうある。

 「似ていないからってそれが何だというの?
      私たちは同じことを経験してきた
      そう、あなたは私の選ばれた家族」

 Chosen Familyとは、血の繋がりによらない深い絆に結ばれた人たちのことを言う。マーシャス児童保護施設の人々とライナスがChosen Familyになっていくさまを、「みんな」になじむことができず、自分を表す言葉を今も探し続けている、あるいは受け入れられないままでいる、そんな人にこそ読んでほしい。これは、きっとかつてあなたと同じ思いをしていた人が書いた物語だ。自分と似た誰かを物語の中に見つけられないでいるあなたのために書かれた物語なのだ。
 

今回ご紹介した書籍

 
セルリアンブルー 海が見える家
T.J.クルーン・著
金井真弓・訳
オークラ出版

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
コンシェルジュをもっと知りたい方はこちら:梅田 蔦屋書店のコンシェルジュたち
 
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