【第45回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『夜明け前のセレスティーノ 新装版』レイナルド・アレナス/国書刊行会

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。
 

人生を狂わせるほどの 『夜明け前のセレスティーノ』

 

 その作家の本を手に取った時、私は子どもだった。子どもだったので、まだ何者でもなかった。だがその本を読んだことで、何者でもない子どもの未来について一つ、決まってしまったことがある。

 すなわち、スペイン語を学ぶこと。この人の本を読むために。

 作家の名をレイナルド・アレナスという。私はただ彼の本を読むために、一つの言語を学ぶことを決めたのだった。

 アレナスの小説で最初に読んだのは『夜明け前のセレスティーノ』だった。その後、何回も読み返した。こんなものを読むのは初めてだった。こんなふうに書く作家は、初めてだった。

正直に言って、『夜明け前のセレスティーノ』の内容を、私はまるで覚えていない。覚えていることができるような小説ではないのだ。読んでいる時、その小説は鮮やかな世界としてそこにある。私はその世界を体験する。体験することしかできない。たとえば世代を超えて語り継がれていく昔話のように、「こんなことがあって、こんな人がいて、こうなった」と誰でも語れるような物語ではこれは、ない。これを語れるのはアレナスだけだ。こんなものを書けるのは、アレナスだけなのだ。不世出の作家、唯一無二の書き手、他のどこにもない小説を書いた人、アレナスを言い表そうとすると、言葉を尽くすのも虚しくなる。レイナルド・アレナスは要するに、レイナルド・アレナスだった。世界にたった一度だけ生まれて、もう二度と生まれてこないひと。

 今、もう子どもではない私は、一つの言語を学ぶために移り住んだ土地にいて、部屋の書棚には、アレナスの本を初めて手に取った時には読めなかった言葉で綴られたアレナスの本が並んでいる。私が四歳の頃に遠く離れた異国で死んでしまって、当たり前だけれど一度も会ったことのないアレナスは、こうやって私の人生を狂わせてしまった。そのことに私はとても感謝している。


 

今回ご紹介した書籍

 
『夜明け前のセレスティーノ 新装版
レイナルド・アレナス
・著
安藤哲行・訳
国書刊行会
 

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
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