【第15回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『短くて恐ろしいフィルの時代』ジョージ・ソーンダーズ/河出書房新社

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。
 
 


いつの時代にもそこにある恐怖のはなし
『短くて恐ろしいフィルの時代』

 
 

 

小さすぎて国民が一度に一人しか住めない内ホーナー国と、内ホーナー国を取り囲む大きな外ホーナー国。ある時外ホーナー国の平凡な中年男、フィルが内ホーナー国の人々から税を徴収することを提案する。日に日にエスカレートしてゆくフィルの要求、フィルの言葉を支持する外ホーナー国の人々、なすすべなく虐げられる内ホーナー国の人々……

 この本を読んで、あなたが思い浮かべるのは何だろうか。いつの時代の、どの出来事だろうか。どの戦争だろうか。どの国だろうか。どの独裁者だろうか。

 それがどの時代の、どの出来事、どの戦争、どの国、どの独裁者だろうと、きっと間違ってはいない。この本文わずか一四九ページの小説には、あなたの頭をよぎるであろうそれらのいくつもの「こうなってしまった社会」を構成する恐怖が、余さず写し取られている。

 それはたとえば「こちら側」と「あちら側」に線を引くことであり、「あちら側」を貶め、「あんなやつらなのだから、何をしてもいい」という論理を作り上げることであり、その論理を盲目的に信じ込み、自らの頭で考えることを放棄して、全面的に賛成の意を示すことであり、報道機関が政権の言葉を鵜吞みにしてそのまま「ニュース」を垂れ流すことである。

 これらの一つ一つが恐ろしいのはもちろんだが、たぶん一番恐ろしいのは、この物語の結末だ。歴史を振り返れば、恐ろしい出来事はいくらでもあった。立ち止まり、過去に学ぶ機会は、いくらでもあった。けれど恐ろしい出来事はなくなりはしなかった。これまでもあったし、これからもあるだろう。この結末はそう語っている。

 だからこの物語はいつだって「今の」物語だし、残念ながら当分は、古びることはないだろう。せめてそれを忘れないことぐらいは、私たちにはできると信じたい。

 

 

今回ご紹介した書籍

『 短くて恐ろしいフィルの時代 』
ジョージ・ソーンダーズ・著
岸本佐知子
・訳
河出書房新社

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
コンシェルジュをもっと知りたい方はこちら:梅田 蔦屋書店のコンシェルジュたち
 
 
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