【第2回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『月に聞かせたい話』シン・ギョンスク/クオン

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。
 
 

ちいさな物語、だけれども。 『月に聞かせたい話』

 
 

「月に聞かせたい話」。
このタイトルを聞いて、あなたならどんな話を思い浮かべるだろうか。 世界に一つしかなく、いろいろな土地に同時に存在するとも言えるであろう月が、限られた時間と移動手段しか持たない人間に、これまでに見聞きしたものを話して聞かせるというのはアンデルセンの「絵のない絵本」だが、人間が月に話をするとなると、それはいったいどんな話になるのだろうか。

 

「月に聞かせたい話」というタイトルの下、この本に収められた話はいずれもごく短い。母と娘が電話で交わす話だったり、ある郵便配達人の何の変哲もない人生だったり、テーマは様々だ。 ただ、著者はこの本を通じて、まるで一つのルールを設定しているかのようだ――すなわち、波乱万丈はなし。派手な筋書きはなし。ごく普通の人々の、なんてことのない話であること。なおかつそのなんてことのない話はどれもが、なんてことのない話であるにもかかわらず、確かにそれぞれのちいさな人生の喜びや哀しみやおかしみを感じさせるものであること。

 

ほとんどが十ページ足らずである各話は、いずれもこのルールに従い、従っているからこそ、ちいさな物語でありながら、どれもじんわりと温かい。彩りを添えるイラストの優しさ、柔らかさは正にこの本を表している。派手ではない。ぱっと目を惹くのではない。しかし見れば見るほど、染みるように、いい。

高く空の上から世界を見下ろしている月に聞かせたい話として、作家シン・ギョンスクがこれらの物語を書いたということは、この作家が何を大事にし何を伝えたいかを物語っているようだ。地上に暮らす人々のささやかな人生は、こんなにも尊いのですと。

 

 

今回ご紹介した書籍

『月に聞かせたい話』
シン・ギョンスク 著 / 村山俊夫 訳
クオン
 
 

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
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