【第4回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ/文藝春秋

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。
 
 

自分よりも大きなものに打ち勝とうとすることについて 『父を撃った12の銃弾』

 
 

この本は大きく二つのパートに分かれる。一つは、なぜか旅から旅への暮らしをしている父と子が、今は亡き母親の故郷の町にたどり着き、少しずつそこに馴染んでいく物語。娘ルーの視点から描かれ、彼女は成長するにつれ、いじめや恋を経験し、更には実の娘の目から見てもどこか謎めいた父ホーリーと死んだ母親の過去に疑問の目を向けるようになっていく。もう一つのパートで描かれるのは、体中に撃たれた傷痕があり、どうやら人に言えない過去の持ち主であるらしい父ホーリーが、これまでいかにして銃弾を受けるに至ったかを描く物語だ。こちらはホーリーの視点から語られ、ホーリーがこれまでにやってきたこと、ルーの母リリーとの出会いなどが描かれる。

 

崩れる氷河、荒れた海、一見穏やかな湖、間近に迫る巨大な生きもの……この本で描かれる自然は、人間などには手に負えない、あまりにも大きくあまりにも強力なものだ。それはまるで、父子を翻弄する運命そのもののようだ。しかし父も娘も翻弄されるままでは終わらない。ホーリーはどうにか自分を押し流そうとするものに逆らおうとする。たった一つ残された娘に彼が与えようとするのは、自分ひとりで運命と戦う術だ。彼は娘に銃の撃ち方を教える。銃とはフェアな武器だ。本来ならば自分よりも強い相手に立ち向かう力を、それは与えてくれる。ルーはその教えを正しく受け取る。子どもながら、彼女はただ守られるだけの存在ではない。自らのために戦うことのできるひとりの人間だ。

 

この物語の最後に置かれたふたりの言葉のやりとりは象徴的だ。そして物語は、まさに正しい瞬間に幕を下ろす。一瞬先がどうなるのかわからない時であっても、大事なのは、なすがままに運命に服従することではない。抗うことだ。戦うことだ。この最後の場面はそう高らかに謳っている。

 

 

今回ご紹介した書籍

『父を撃った12の銃弾』
ハンナ・ティンティ 著 / 松本剛史 訳
文藝春秋
 

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
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