【第9回】コンシェルジュ河出の世界文学よこんにちは『小さな心の同好会』ユン・イヒョン/亜紀書房

梅田 蔦屋書店の文学コンシェルジュ河出がお送りする世界文学の書評シリーズです。
 
 

謎を解くのは私たち 『小さな心の同好会』

 
 

 「完全版 韓国・フェミニズム・日本」に所収の「クンの旅」という短編をご存じだろうか。ずっと「クン」の「背中にしがみついて生きてきた」「私」が「クン」を除去するところから物語は始まる。 この「クン」という奇妙な存在は、詳しく説明されることがない。最初は「ところてんやこんにゃくに近い、ぐにゃぐにゃした白灰色のかたまりだった」が、「すっかり育つと無表情な四十歳の女の姿に固まった」という「私」の「クン」は、「私」のかわりに夫と手を握り、出産さえする(!)。一体どういう生きものなんだ。いや、生きもの……なのか? それは読者が考えることなのだ。読者が解くべき謎なのだ。

 この「クンの旅」という短編を書いたのが、ユン・イヒョンである。そして「小さな心の同好会」は翻訳されたユン・イヒョン初の短編集である。この作家の作品がまとめて読める形で翻訳されたことをまずは喜びたい。

 ここに収められているのは、まずは、まっすぐに終わりまで読むことのできる短編だ。オンラインでつながった女性たちが自分たちの声を本にする「小さな心の同好会」、後輩から相談されたのがきっかけで主人公が自分の過去を見つめていく「ピクルス」には明白にフェミニズムの要素がある。主人公がすれ違いの続く同性の恋人との関係を見つめ直す「スンヘとミオ」、トランスジェンダーの弟と姉の交流「四十三」は、社会におけるマイノリティを見つめた作品だ。

 そして、我が子の命を救ってくれた恩人が実は……という「善き隣人」から、「クンの旅」における「クン」――すなわち「読者が解くべき謎」が潜み始める。「善き隣人」の恩人ははたして本当に……?「疑うドラゴン ハズラフ1」におけるドラゴンとドラゴンナイトとは? 「ドラゴンナイトの資格 ハズラフ2」において同じ境遇にある女性たちが同じファンタジーを共有するのはなぜなのか? 「これが私たちの愛なんだってば」で描かれる奇妙な状況は一体現実における何に当たるのか? 「スア」におけるロボットとは? これらの問いに対する回答はない。少なくとも、作中には、ない。答えがあるとするならば、それは読む人ひとりひとりの頭の中、人生の中にある。これは、私があの時体験したあれのことなんじゃないのか、あの人たちが訴えているあの問題のことじゃないのか――読者はそれを問い続けることになる。そういう意味で、本を置いても終わらない読書を本書は約束する。

 それぞれの物語が投げかける問いへの回答を、私はここに書いて「あっていますか」と誰かに聞きたい。だが、できない。問いを見出して自ら答えを出すことこそが――答え合わせをすること、ではなく――本を読むということだから。

 

 

今回ご紹介した書籍

『小さな心の同好会』
ユン・イヒョン・著
古川綾子・訳
亜紀書房

PROFILE  文学コンシェルジュ河出
 
東北でのんびりと育ち大阪に移住。けっこう長く住んでいるのですが関西弁は基本的にはしゃべれません。子どものころから海外文学が好きです。日本語、英語、スペイン語、フランス語の順に得意ですが、どの言語でもしゃべるのは苦手です。本の他に好きなものは映画で、これまでも映画原作本の梅田 蔦屋書店オリジナルカバーを作ったり、「パラサイト」のパネル展を行い韓国文学を売ったりしています。これからもこれはという映画があったらぜひコラボしていきたいです。「三つ編み」「中央駅」「外は夏」「ベル・カント」「隠された悲鳴」…これまで素敵な本の数々に書評を書かせていただきました。これからも厚かましく「書かせていただけませんか?」とお願いしていこうと思います。今興味があるのは絶版本の復刊です。「リービング・ラスベガス」「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」などなど、復活してほしい本がありすぎる。ミステリーも大好きです。
 
コンシェルジュをもっと知りたい方はこちら:梅田 蔦屋書店のコンシェルジュたち
 
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