【第263回】間室道子の本棚 『野球短歌 さっきまでセ界が全滅したことを私はぜんぜん知らなかった』池松舞/ナナロク社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『野球短歌 さっきまでセ界が全滅したことを私はぜんぜん知らなかった』
池松舞/ナナロク社
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写真を見て、それにぴったりの本を推薦してください、という依頼が某企業から来た。気分はIPPONグランプリである。

歩くネコ、走る犬、結婚式のカップル、古い写真を撮った写真など13枚。中に「後ろ姿のリトルリーグの子ら」があった。むう。

私の考えでは、これに野球のモノガタリをあわせるのはだめだ。漫画や小説によりこの球技のドラマチックさは長年われわれに沁み込んできた。なにを選んでもオハナシにこの一枚が負けてしまう。で、思い出したのがこの本。

冒頭に「いつまでたっても阪神が勝たないから、短歌を作ることにしました」とあり驚いた。そんな理由で?!でも、じゃあ人が五七五七七に向かうって、どんな時なら「いい」のだろう。

2022年のタイガース観戦および結果を知った時の313首。あとがきでまた驚いた。著者の池松さんはSNSでこれを始めたとき「季語はいるのか」すら知らなかったらしい。そしてさらにビックリ。とうとつに短歌を始めた理由もわからないが、著者は「どうして阪神が好きなのかもわからない」のである。ナンダコレハ。

日付の下に〇△×で勝敗が記されている。この年チームはとにかく打てなかったようで

「満塁でぼくら満塁でぼくら雁首そろえて三振しました」
「残塁をぼくら残塁をぼくら十個も集めてしまいました」 6月8日×


笑ってしまう一方、日程が進むにつれあんなに多かった×が減り、〇が増えてくる。選手の名前は祈りだ。ただ呼んだだけで。

「原口だ原口がいる先頭に死にものぐるいで引っ張っている」9月28日〇

一首一首に目頭が熱くなる。私はほぼ歌集を読んだことがないのに。阪神ファンでもないのに。ナンダコレハ。

ここにあるのは阪神一つで突き進む愛と気合である。よくある熱狂ファンみたく、己を選手に寄りかからせてないのがいい。また、気持ちだけで走ってるものって通常は読むに堪えない。でも本書は読ませる!短歌のお作法、しくみ、技術からははみでているかもしれないが、人の「本気」と「叫び」は添削できないのだ。

「ナイターの照明、ピッチャーの腕のしなり、空に溶けて見えなくなる大飛球、走れ走れランナー、それから芝(中略)、ぶかぶかのユニフォームを着てぎゃあぎゃあ笑う子ども、そういったすべてのものをまとめて野球と呼びたい」というあとがき後半をみて、あの子らの写真にあわせる一冊はこれしかない、と決めた。まさに、奇跡の応援歌。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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