【第291回】間室道子の本棚 『楽園の夕べ』ルシア・ベルリン 岸本佐知子訳/講談社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『楽園の夕べ』
ルシア・ベルリン 岸本佐知子訳/講談社
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私の考えでは、短編の名手とは終わり方を知っている人である。ルシア・ベルリンはその天才だ。
本書の二十二編はどれも劇的に終わる。とどめの一行やどんでん返しが仕掛けられているのではない。いきなり「この先は白い紙=もうなにも書いていない」があらわれ、読み手は終わりを知らされるのだ。
物足りなさはない。「ああ、ここで」とシンプルに思う。そして、あと数行説明を加えても逆にどこか一行けずっても、この余韻にはならない、という静けさが押し寄せてくる。
タイトルもいい。一話目は「オルゴールつき化粧ボックス」。なんだかよさげ。少女や若い女性のあこがれっぽい。でもよくよく考えると安っぽさが漂う。昭和の中期、魔法瓶から炊飯器までことごとく家電についていたデコラティブな花柄や、あの時期家の中のいろんなもの=電話とかソファーの背とかアップライトのピアノとかに掛けまくられていた白いレースのカバーみたい。そもそも蓋をあけるとオルゴールが鳴るものって、なんとなくもの悲しくない?
閑話休題、「オルゴールつき化粧ボックス」に登場するのはルシア・ベルリン本人と思われる七歳のルーチャとおともだちでシリア人のホープ。彼女たちはティーンエイジのチンピラ兄さん、サミーとジェイクの仲間になりオルゴールつき化粧ボックスが当たるカードを売る。おれたちと五分と五分、同等のパートナーだと言われ、二人ははりきる。
始めて一時間半で経過は上々。報告に戻ってきたルーチャにサミーはキスしてくれた。二日目はもっとすごかった。青年二人は仰天&大爆笑。少女たちのカード売りは続き、訪問エリアは多岐にわたり、時間も長くなる。
でも、やがて女の子二人は知る。大人たちがなぜカードを買うのかを。行く場所を工夫し、購入者が男か女かでどちらが対応するか、また見せる表情を変えるなんていう戦略も練った。でも自分たちに商売の腕があったわけではない。差し出される小銭の意味。
サミーとジェイクとも五分五分のビジネスなんかじゃなかった。ルーチャはそんなものか、という感じだがホープの荒れようがすごい。自分は軽く見られていたし、そのとおり、なんの力も持ってなかったと知った彼女が橋の上から「下」の子供らになにをするかが読みどころ。舞台は1943年だけど、今も変わらないアメリカの縮図が見える。
この話をどう終わらせるか。ベルリンの腕が冴える。企みではなく、はい、ここでおしまい、とわかってるかんじがえぐい。
二十二話のすべてで、一日も、夏も、休暇も、ロマンスも、ヒーローも、なんども飛行機を乗り継ぐ旅も、終わる。で、ほかの作家のこのテのものって「終わりははじまり」的テイストがぼこぼこあるけど、ベルリンはただ終わらせる。失った(あるいは奪われた)時間や若さや愛や美しさや心や命はもう元には戻らない。そこに不思議なやすらかさが漂うのが彼女の真骨頂。
なにか別なものははじまらないけど、極上のエンドが心に残り、いつでもよみがえる。苦くてもいとおしい味。岸本佐知子さんの、作家の魂まで訳す渾身の作業に今回も大拍手。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。