コンシェルジュ文庫2026 灰谷魚インタビュー こうして“変な本”は生まれる

今回の「コンシェルジュ文庫」のテーマは、「人間が、人間であるからこそ生み出すことのできる、一風変わった/奇想溢れる/常識外れの『変な本』」。このテーマにぴったりな一冊が灰谷魚さんのデビュー作『レモネードに彗星』です。いかにして「変な本」は生まれるのか。文学コンシェルジュ河出が、たっぷりお話をうかがいました。

最初の一行でパンチをかます
「一行目かまし一門」

河出真美(以下、河出) こんにちは。

灰谷魚(以下、灰谷) 初めまして。灰谷です。

河出 この度は、インタビューに応じていただきまして、ありがとうございます。

灰谷 いえいえこちらこそ。本当にありがたいです。

河出 『レモネードに彗星』は本当にああいう形で展開させていただいてよかったと思っています(※『レモネードに彗星』はKADOKAWA刊の灰谷魚のデビュー作。河出が選出する個人文学賞「河出真美賞」第1回受賞作品)。先日同僚が教えてくれたんですけども、ウィキペディアの灰谷魚さんのページに…

灰谷 あるんですか?

河出 あるんですよ。そこに、『レモネードに彗星』で第1回河出真美賞受賞って書いてあって。

灰谷 本当だ。

河出 それを見て「やった!」ってなりました。

灰谷 本物のウィキペディアだ。変なこと書いてないか、あとでチェックしよう(笑)。

河出 それがすごく光栄でした。そして今回はですね、「コンシェルジュ文庫」という、コンシェルジュが毎年違うテーマで文庫をおすすめする、蔦屋書店全体のフェアがありまして、今年は「変な本」というテーマなんです。

灰谷 「変」を考え出すと難しいですよね。

河出 そうなんですよね。AIで絵や物語とか、いろんなものを生み出すことができるんだけれども、そんな時代に、人間が人間であるからこそ生み出すことのできる、一風変わった、奇想溢れる、常識外れの変な本をおすすめしようというコンセプトなんですね。

灰谷 なるほど。

河出 それで今回、作家さんとの対談ができないかというお話になった時、真っ先に頭に浮かんだのが『レモネードに彗星』だったんです。『レモネードに彗星』は本当にどうしてこんな話を思いつくんだろう、というお話がいっぱいあるなあと思うんですけども。

灰谷 以前、河出さんが(河出真美賞の)小冊子に、僕の小説と並べる形でエイミー・ベンダー『燃えるスカートの少女』に収録された短編の一行目「私の恋人が逆進化している」という文章をピックアップしてくださったことに本当に驚きました。書き出しの一行目の素晴らしさで、自分に書くことのできる小説の範囲を広げてくれる本というのがたまにあって、これもその中の一つ。僕はタイトル案だけを書いているメモと、一行目の案だけを書いているメモを日頃から付けていて、その二つを組み合わせて小説を書き始めることが多いんです。『レモネードに彗星』の小説もほとんどその書き方。エイミー・ベンダーの「私の恋人が逆進化している」という書き出しに受けた影響は大きいです。

河出 でも分かる気がします。『レモネードに彗星』に入っている話って、確かにどれも最初の一行にパンチがある。

灰谷 今思えば、円城塔先生(※『レモネードに彗星』の表題作は円城塔賞を受賞)も結構一行目で「かます」ことが多いような気がして。そこらへんも気に入ってもらえたのかも、というのは少し思います。「一行目かまし一門」の門下生かもしれません(笑)。

河出 特に「レモネードに彗星」。「私が十四歳の少女だった頃、叔母は四十三歳の美しい女性だった。私が三十を目前に控えた今では百九十六歳の美しい老婆となっている」という。確か河出真美賞の小冊子でこの部分を引用して、校正で、他の人に見てもらうじゃないですか。そうしたら、「これだと年齢が合わないけど、合ってる? 大丈夫?」って言われたんですよね。それがいいんだよ、っていう。

灰谷 貴重な意見です!(笑)。

河出 いや、分かるんだけど。分かるんだけど、これでいいんだよっていう。

灰谷 ここで読むのをやめたくなる人も多いらしいです(笑)。

河出 じゃあこれもそんな感じで、タイトルと一行目とから生まれたわけですか。

灰谷 スタートダッシュで勢いをつけて、なんとなくそのとき影響を受けているものに近づけていく、ぐらいのイメージで書くことが多いです。

河出 例えば、「純粋個性批判」とかは、何か影響を受けたものとかがあるんでしょうか。

灰谷 これもタイトル先行です。自分が気に食わないものがものすごく世間に受け入れられている。それが道徳的にも正しかったりすると、批判したらやばいやつみたいになる空気ってたまにあるじゃないですか。

河出 なんかわかる気がします。

灰谷 嫌いなものがあって、世間がそれ一色の時に、ウッ、となるけど、それを分かってくれる人が近くにいる。その人との距離感、関係性を書こうとしたんだと思います。

河出 いや、大好きです。「純粋個性批判」。若い時、あれも嫌い、これも嫌いっていう、その嫌いでつながる人間関係っていうのが、なんかすごく分かる。

灰谷 嫌いだけだとなかなか続かないですからね。短い期間ならいいけど。「嫌い嫌い」がずれてくると大変かもっていう。

河出 小冊子にも書いたと思うんですけども、本当にこういう二人の話って、これまでにもたくさん書かれてきたけれど、こういう形で書かれているのは初めて見たなっていう気持ちがすごくしました。

灰谷 確かに「女の子二人もの」が結構好きな時期があって、映画『花とアリス』とか『ゴーストワールド』とか。その辺に影響を受けた小説を量産していた時期があります。当時、自分の中で得意だったパターンかも。

河出 うわあ。それも本当に読みたいですね。ということは、まだまだたくさんあるってことですよね。ああ、読みたい。読みたいです。それはぜひぜひ一冊にまとめていただいて。

灰谷 機会あればやりたいです。いっぱいあるから。

最初の一行はどこから生まれるのか

河出 ふふふ。じゃあ、「レモネードに彗星」にちょっと話を戻しますと、そもそも一行から生まれたというのは分かるんですけども、この最初の一行はどこから生まれたんでしょうか。

灰谷 急に思いついたこととか、道行く人の会話とか、気になったら全部メモしているんです。そこから発想しているはずなんですよね。パッと思いついたことを一行目に使う。だから意味はないんだと思います。ニュースで読まれた原稿を変なふうに聞き間違えたのを、聞き間違えた方が面白い文章だから、そのままメモしたりとか。いつ書いたのかも全然覚えてない。

河出 その文章が降りてくる偶然の一瞬があったみたいな感じですかね。

灰谷 メモ魔なんですよ。iPhoneの中にタイトルを分けて。危険ですよ。本当にiPhoneなくなったら終わりますよ。どっか別のとこに保存しとかないと。

河出 iPhone忘れたりできないですね。

灰谷 タイトルを決めて、一行目を書いたあとで、いろいろ考え始めます。書いているうちに必要なテーマに合わせにいく感じですね。あと、ちゃんと読みやすい形にはしたい。「変な本」は好きでも、変すぎて読みこなせない時とかあるじゃないですか。

河出 分かる気がします。

灰谷 喉越しは良くしたいと思うんです。面白い、だけじゃなくて、つまらない、意味が分からない、とか何でも反応は欲しいんですけど、ちゃんと最後まで読めはする。飲み下しやすい形にはしたいと思っています。

河出 確かにどの話もすごく個性的だけれども、読みにくいとか、全然そんなことは感じなかったですね。特に登場人物たちの掛け合いっていうか、会話がすごくくだらなかったり。

灰谷 会話が一番やりたいかもしれない。会話を書きたくて書いているぐらいやりたいかも。

河出 「宇宙人がいる!」の、「私がここに来た理由も、ここを去る理由も、お前たちには到底理解できないだろう。ザベカンカに基本的人権が理解できないのと同じように」とか。

灰谷 ありますね。

河出 このあたりの、なんて言うんでしょうか。文章のセンスがすごく好きで。

灰谷 子どもの頃、昔の映画の字幕のセリフが好きだったんです。白黒映画とか、友達が誰も見ていないような古い映画でも、字幕のセリフはすごくセンスがいい。元の言語の意味をそぎ落としているからかなあ。あれがかっこいいなと思っていたんです。リアリティは欲しいけど、読者に説明しすぎない会話にはしたい。読者に説明するだけのセリフはあんまり好きじゃないです。まあ、小説だからある程度はいいと思いますけど。

河出 本当に、どの話もすごく会話が生き生きしているなあって思います。

表題作「レモネードに彗星」について

河出 『レモネードに彗星』が出版された時、noteを書いていらっしゃいましたよね。

灰谷 長い告知ですね。

河出 その中で、「新しい孤独の様式」について、「レモネードに彗星」があまりによく分からないと言われたので、その理解の助けとなるような小説を書こうと思ったのが最初のイメージですっていうのが書いてあって。「え、それはどういうこと?」って思ったんですけども。

灰谷 「レモネードに彗星」は書いている内容が、僕としてはあまりにもあけすけというか、単純なことを書きすぎていると思ったんですね。でも発表してみると、「意味が分からない」という人が多い。驚くほど伝わっていなくて。今の世の中の大きい流れとして、性的なシーンへの強い嫌悪がある。昔の小説とか映画って絶対ちょっとエッチなシーンを入れなきゃダメだみたいな風潮があって、それはそれでどうかなと僕も思っていましたけど。今は性的なシーンを書くだけで「古いタイプの作家」にされかねない。その風潮にまつわるあれこれを書いたんです。それだけじゃないけど。まあとにかく何も伝わっていない(笑)。それで短編集として全体の流れを分かりやすくするために「新しい孤独の様式」という小説を構想しました。「レモネードに彗星」はSFですけど、現実からSFに行く橋渡し的なものが必要だと思って書いたんです。ちょうどジャンプ台になっているかなと思って。小説の並び順としても。

河出 ああ、そうか。

灰谷 その辺の意図もあまり読者の方には伝わっていないっぽいですけど(笑)。

河出 なるほど。確かに「新しい孤独の様式」が先にあって、次に「レモネードに彗星」ですね。

灰谷 性的な行為に関する嫌悪だけを書いているんじゃないんですけど。せめてそこの部分、「そのことについても書いているよ」ということだけは分かってもらえると、さらにいろいろ考えてもらえると思います。

河出 なるほど。そういうつながりで。

灰谷 表題作の「レモネードに彗星」は結局何についての小説なの? という反応が多くて。普通とは違うスピードで年を取っていく叔母がいる。対する「私」は一切年を取らない。その設定は分かるけど、で、なんなの? と。「新しい孤独の様式」を読んでもらうと、「レモネードに彗星」の理解の足がかりにはなる。一部だけでも理解してもらえれば、そこから広がっていけるのかなと思って。

河出 そのお話を聞いた後でもう一回読んだら、ちょっと違う世界が見えてくるかもしれないと今思いました。

灰谷 河出さんは「レモネードに彗星」単体で面白さを感じてくれていたから、逆に「新しい孤独の様式」とのつながりがピンとこなかったんだと思うんですよね。理解できなかった人への解説として書いたので。でも、そんなの気にしなくても気楽に読めるようにはなっているはずです。

河出 あと、私も確かそうだったと思うんですけど、表題作を最初に読んだような気がするんですよ。

灰谷 確かにそれはよく聞きます。短編集って目次通りに読んでもらえるわけじゃないんだなって。結構いろんな人に言われました。好きな順番で読むって。そういうものかあ、と思いました。今まで人に、短編集をどういう順番で読むか、と聞いたことがなかったので(笑)。

河出 じゃあ前から読む派なんですね。

灰谷 はい。

河出 なるほど。私は短い話を先に読んで、長い話は後でじっくり読もうみたいなところがあって。そういうふうに読んじゃいますね。

灰谷 そうみたいですね。そうなんだあ。

影響を受けた本、作家の数々(前編)

河出 エイミー・ベンダーの『燃えるスカートの少女』のお話が出ましたけども、Xでも、『燃えるスカートの少女』が(『レモネードに彗星』を書く時に)明確にリファレンスしていたうちの一冊っていう投稿をされていましたよね。他にリファレンスされていた本っていうのは?

灰谷 『レモネードに彗星』に収録した小説は、エイミー・ベンダーの影響が強かった時期に書いたものが多いです。だいたい十年くらい前です。あと、この頃ずっと頭にあったのは舞城王太郎さんのデビュー作『煙か土か食い物』。

河出 ああ。

灰谷 『レモネードに彗星』からはあまり舞城さんのテイストは感じられないとは思うんですけど。文体のリズム感とかはめちゃくちゃ影響を受けていると思います。あの本を読む前と後で、自分の文体が変わったという強い自覚があります。随分昔のことですけど。『レモネードに彗星』の文体にもたぶんうっすら全部入っていると思うんですね。もう一冊挙げるなら、古川日出男さんの『アビシニアン』。二〇〇一年に出た本なんですけど。これも一行目に強い影響を受けて。「十億年が過ぎて、私は東横線に乗り込んだ」という書き出しなんです。

河出 十億年!

灰谷 この一行に受けた影響は本当に大きいです。この本の全体のムードも好きです。なんとなく九十年代後半の東京っぽさが全体にあって。文章から喚起されるビジュアルのイメージだと思います。『燃えるスカートの少女』『煙か土か食い物』『アビシニアン』は『レモネードに彗星』の収録作の大半に影響しているはずです。

河出 『煙か土か食い物』と聞いて、びっくりしたんですけども。でもあの独特のリズムですよね。なるほどという気もします。『煙か土か食い物』も本当に会話がすごく生きている小説ですよね。

灰谷 舞城さんも一行目かまし派ですよね。一行目というよりスタートダッシュが本当にすごくて。『ディスコ探偵水曜日』の冒頭とか本当に凄まじい。いつも真似しようとするんですけど、なかなか真似できない。憧れはあるんですけど。

河出 舞城王太郎さんは『短篇七芒星』だったかな、「ろくでもない人間がいる。お前である」から始まる短編があって。

灰谷 たびたびバズってますね。

河出 本当にすいすい読めるんだけども。でも滅多なセンスじゃ書けないみたいな文章ですよね。なるほど。すごく納得した気がします。あのXの投稿を見て、他の本って何なんだろうなってずっと気になっていたので、お伺いできてよかったです。

灰谷 思わせぶりな投稿だったかも(笑)。

河出 あとこれはぜひ聞きたかったんですけども、舞城王太郎さんとか、エイミー・ベンダーさんの他に好きな作家さんとか、影響を受けた作家さんっていらっしゃいますか?

灰谷 子どもの頃すごい山奥に住んでいて、同居していたおじいちゃんがかなりの読書家だったんです。だから、子どもの頃はあんまり意味も分からず、おじいちゃんの本、司馬遼太郎とか読んでいたんです。普通はライトノベルとかを読んでから司馬遼太郎に行くと思うんですけど、僕は司馬遼太郎からライトノベルに行っているんですよね。歴史小説をいっぱい読んだ幼い時期を経て『ロードス島戦記』とかに行ってる(笑)。母校が『銀河英雄伝説』の田中芳樹先生と同じ高校だったんですけど、その頃は『銀河英雄伝説』が好きで好きで。『銀河英雄伝説』のパクリ小説みたいなのを三年間ずっと書いていました。その作風でデビューすると思っていたんです。『銀河英雄伝説』のパクリ小説の作風で一生食っていくんだな、おれは、と思っていました(笑)。

河出 だいぶ距離ができましたね。実際には。

灰谷 でも本当に影響を受けていると思いますよ。根本のところでは。

河出 田中芳樹さんに。

灰谷 『アルスラーン戦記』とか。『レモネードに彗星』はSFに分類されることが多いんですけど、SFって僕のルーツにないんです。二十歳ぐらいからちょこちょこつまみ食いしてる程度ですね。森岡浩之さんの『星界の紋章』シリーズが好きだったんですけど、SFじゃなくて『銀河英雄伝説』の一味だな、と思って好きでした(笑)。その流れで森岡浩之さんの作品を遡って、デビュー短編集『夢の樹が接げたなら』を読んだんですけど、その時に初めて「SF」の意味が分かったかもしれない。それまでは『スターウォーズ』とか『銀河英雄伝説』みたいなスペースオペラだけがSFだと思ってたんです。ドラえもんとか星新一がSFに分類されているのが意味分からなくて。『夢の樹が接げたなら』を読むまでは、ドラえもんも星新一も「子どもが読むやつじゃん」と思っていました。何も分かってなかったんです。

河出 うんうん。

灰谷 大学生になると急にサリンジャーとか、自分が生まれる前の海外文学ばかり読むようになります。サリンジャーの会話の応酬とか比喩の異様さには大きな影響を受けています。「〇〇みたいな」という比喩が全部人が思いつかないようなものばかりで好きでした。サリンジャーとかブローティガンとか、あのあたりを読み出すと、自分が生まれる前の作家の方が新しい書き方しているなと思って。このあたりから自分の文章も書き方が変わってきたかな。

影響を受けた本、作家の数々(後編)

灰谷 あとは『後宮小説』の酒見賢一さん。酒見賢一さんは『後宮小説』も面白いんですけど、『陋巷に在り』っていう、孔子の弟子の顔回を主人公にした全十三巻の本が本当に大好きで。今回の変な本特集に使っていいぐらいめっちゃ変。序盤こそ『後宮小説』の流れで読めるような、孔子の時代、春秋戦国時代を舞台としたファンタジーっぽい歴史小説なんですけど。途中から本当に何がなんだか分からなくなるぐらい異様な展開になって。異様なまま終わります。読み出したら、もう本当に何て言うんだろう、現実との境が分からなくなるぐらいすごい小説です。こういうものをいつか書きたいです。憧れの作家です、酒見賢一さん。

河出 田中芳樹さんと聞くとちょっと意外でしたが、ブローティガンとかサリンジャーっていうのが、すごくよく分かりました。

灰谷 そうですよね。たぶん、小説の書き方はそのあたりから覚えているんだと思うんですね。
自分が生まれる前の小説の方が新しい、というのが衝撃で。こんな書き方、いま誰もしていない! という何かが破壊されるようなショックを受けて。そこから自分の文章を組み立て直した感じです。

河出 そうですね。ブローティガンみたいなものを書いている人っていないですね。

灰谷 小説として成立しているのが不思議に思えるときもあります。

河出 ブローティガンは詩人でもあったから。詩人が書いた小説感というか、詩人しか書けない小説のような気がしますね。

灰谷 日本の作家、詩と距離が遠い人が多いのかもしれないですね。海外だと詩が一番格が高い文学で、その次に小説があるっていう序列があるから。海外文学は詩の影響が必ずある。その感覚には影響を受けています。

河出 田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』っぽい本でデビューするかもしれなかったというのが…でも『星界の紋章』もそうでしたし、スペースオペラの時代って確かにありましたね。懐かしい。

河出 本以外で何か発想に影響を与えているもの、映画とか音楽とかはありますか?

灰谷 映画とか音楽も大好きで常に影響を受けています。あとは他人同士の会話。喫茶店の横のテーブルの人とか。そこから発想を得ることは本当に多いです。盗み聞きしています。行儀悪いけど。それと、お笑いがずっと好き。若手のお笑いの人って常に一番新しいことをやっていると思います。今目の前にいる若いお客さんを笑わせないといけないから。お笑いの影響は巨大です。若手芸人さんのお笑いが理解できなくなったら、お笑いファンと名乗るのをやめようと思っているんです。理解できなくなった自分の方が間違っていると思うから。そこが理解できなくなると、文章の書き方から何から、全部組み立て直さないといけないかも。

河出 そんなに。

灰谷 新しいお笑いが理解できなくなってきたら作風チェンジするしかないです。

河出 スペースオペラに行くべきかもしれない。

灰谷 確かに(笑)。子どもの頃はおじいちゃんの歴史小説を読んでいたから、歴史小説家に憧れがあったんです。でも昔、『ベルセルク』の三浦建太郎さんがインタビューで「歴史漫画を描きたい気持ちもあるけど、それは年を取ってからでも描けるから、今はとにかく『ベルセルク』に集中する」というようなことをおっしゃっていたんです。そのインタビューを若い頃に読んで、僕も年取ったら『銀河英雄伝説』のパクリ小説の作風に戻るかもしれない、と思いました。あれは宇宙の歴史小説だから。

河出 ふふふ。

灰谷 若いお笑いが理解できなくなったら『銀河英雄伝説』をもう一度目指そう、という希望はあります(笑)。逆に、今はそれぐらいお笑いの影響が大きいです。お笑い小説を書いているわけじゃないですけど。シリアスなものとか、どんなジャンルの小説にもお笑いは影響していると思います。

河出 『レモネードに彗星』に入っている話でも、コントみたいな感じの会話がありますよね。さっきの「宇宙人がいる!」でもう一つ好きなところがあって。これですね。「観葉植物にピンク・フロイドは理解できないとかっていうんだろうに」「観葉植物はピンク・フロイドを理解しているよ」「理解してるのかよ」っていう。

灰谷 小説の会話としてはどうか? という微妙なところですけど。

河出 ふふふ。いや、完全にボケとツッコミが成立していて、ここすごく好きだったんですよ。付箋も貼っています。

灰谷 何か一個余計な、要らないツッコミをしているなと反省する気持ちもあります。

河出 そういうところで、この会話、すごく生き生きしているなっていうのを感じていましたけども、それがお笑いのセンスから来ているのかなって、今思いました。

灰谷 会話文だと、やっぱり喫茶店の横にいる二人組とかの会話が本当にありがたいです。めちゃくちゃ面白いんですよね。男二人だとあんまり面白くなくて、女性二人だとどの年齢でもだいたい面白い。ずっと聞いちゃいますもん。お金を払いたくなるくらい。

河出 何かについての会話がめちゃくちゃ面白くて、めちゃくちゃ気になるんだけど、何についての話か分からないから、すごく謎みたいなことってありませんか。そういう、隣の席の人の会話で。

灰谷 途中で何についての会話だったのかがはっきり分かる瞬間とかがあって、「えっ! そういう話だったの!」とびっくりすることもあります。

河出 もはやミステリーのどんでん返しみたいなね。ありますよね。
あと影響を受けた映画とか気になりますね。さっき白黒映画のお話とかも出ましたけども。

灰谷 映画も大好きです。父親が八〇年代のハリウッド映画のファンで、子どもの頃は家で頻繁にビデオが流れていました。僕は『スター・ウォーズ』とか『インディ・ジョーンズ』とかは好きでしたけど、全体的にはハリウッドの大作にはあんまりハマっていなかったんですね。それで当時は自分は映画には興味がない人間だ、と思っていたんです。でも高校生ぐらいからレンタルショップでいろんな時代の映画を借りるようになって、面白さが分かってきました。大学で上京してからは、東京にはやっぱりいろんな映画館があるので。いろいろあるんだなと思って。『ゴーストワールド』という映画があるんですが。

河出 あのスカーレット・ヨハンソンとソーラ・バーチのやつ。

灰谷 そうそう。

河出 分かります。

灰谷 『ゴーストワールド』『17歳のカルテ』の影響が『レモネードに彗星』にはあると思います。『バッファロー'66』とか。

河出 ヴィンセント・ギャロの。

灰谷 そうですそうです。あともう少し古いラッセ・ハルストレムの『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』という映画。一九五〇年代のスウェーデンの田舎町が舞台なんですけど、古い時代の田舎の描き方が懐古主義ではなくて、新鮮なんです。こういうやり方もあるかあ、と感動しました。大作映画派ではないし、かといって文芸しすぎている派でもないから、好きな映画を並べると、いけすかない感じになる可能性はあります(笑)。

河出 でも今挙げられた映画、私、全部好きでした。

灰谷 お好きかなと思いました。『レモネードに彗星』にもそのあたりの映画は影響しているはずです。

河出 そうですね。『17歳のカルテ』の女の子同士の感じとか。納得という感じがします。

灰谷 『パラサイト』が公開されたのと同じ年の韓国映画で『はちどり』というのがあるんですけど。『はちどり』は本当に良いです。『パラサイト』の存在が大きすぎましたけど、『はちどり』、もっと注目されてくれ~、と思っています。大好き。

河出 『はちどり』、好きな方はすごく褒めていらしたというイメージがありますね。私もまだ見ていないんですけども、見てみます。

灰谷 キム・ボラという女性の監督なんですけど、次の作品をまだ撮っていないんですね。ものすごく期待しています。『はちどり』はおすすめです。

河出 ありがとうございます。これはもう、絶対見ますね。

「変な本」3選

河出 今回の「コンシェルジュ文庫」のテーマに沿って、灰谷さんが「変な本」を選ばれるとしたら何を選ばれますか。

灰谷 「変」を考え出すと相当難しくて。一冊目はリン・ディンさんの『血液と石鹸』。柴田元幸さんの翻訳した短編集で。AIが書かない本というので、最初に頭に浮かびました。この人はベトナム生まれで、ベトナム戦争の末期にアメリカに移住したという経歴を持っています。そういう経歴に根差したブラックユーモアとかって、AIにはなかなか出せない。しかもこの人は笑いのセンスが相当高いんですね。日本のものとは少し違う大喜利のセンスっていうか。文章の中にさりげなく、自分で出したお題に面白い答えを出したりしているんですけど。一行で終わるような短い小説がいっぱい入っているパートとかもあったり。これは「人」が書いた本だなと思います。経歴と経験を活かしているから。

河出 AIはたぶん、経歴を入力して、「この人のつもりで書いて」みたいなことはできるかもしれないけど、自分自身の歴史みたいなものはないですもんね。

灰谷 「変」といえば、円城塔さんの『バナナ剥きには最適の日々』という短編集。円城塔賞の受賞後に改めて円城作品を読み返したんですけど、この人はやっぱり相当変だなと思いました。全部変すぎるなと思って。「祖母の記録」っていう短編があるんですけど、全身不随になったおじいさんが出てくる話なんです。このおじいさんの孫が、おじいさんを夜な夜な外に運び出して、毎晩コマ撮り撮影をするんですよ。ちょっとずつおじいさんを動かして、姿勢を変えて。動画にするとおじいさんが走ってるように見える連続写真を撮るんです。ジャンプするシーンもあったりして。変すぎる話だな、すごいなと思います。さらに終盤、もう一つ変すぎる展開もある。芥川賞を受賞してなお、こんなに変でいられるんだっていう。改めて尊敬しました。
それともう一冊。芸人さんに小説を書かせる文化があるじゃないですか。

河出 はい。

灰谷 『火花』以降、特に顕著です。それよりもだいぶ昔に書かれた、千原ジュニアさんのデビュー作『14歳』という小説があって。十四歳の頃ひきこもりだった一年間を自伝風に書いた小説なんですけど、本当にいいんですよ。相当変わった経歴で、変わった人生なんですけど。ひきこもりだった中学生の頃に吉本興業の養成所に入るわけですから。それと、ごく最近、SNSでもちょっと話題になっていましたけど、「本を読まない人に小説が書けるか」っていう議論があって。どうせ書けないだろうとか、本を読まずに書く人が今多いっていう話題で、結構意見が割れていて。『14歳』を書いた頃の千原ジュニアさんはあんまり本を読んでいないと思う。ただ感性のまま書いてるように思います。でも、こんなに文学に近付くんだっていう感じがあるんですね。読書家の書き方じゃないんですよ、文体が。でも相当うまいなって思ったんです、その当時。まあこれも結構変な本ですね。AIは書かないだろうなという感じで。でも、この三冊からどれか一つを選ぶなら、やっぱり円城塔先生ですね。本当に変。

河出 それは確かにそう。円城塔先生には河出真美賞の時もSNSなどで拡散していただいて嬉しかったですね。

灰谷 もっとドライな人かと勝手に思っていたんですけど。いろんな場所で僕の名前を出してくださっていて。情が深くて深くて。

河出 そうですよね。本当にいろいろツイートとかもしてくれましたし。

灰谷 いやー、本当に嬉しかったです。

最近、これを読んでいます

河出 では終わりに近付いてきましたが、最近はどんな本を読んでいらっしゃいますか?

灰谷 いくつか持ってきたんですけど。

河出 ありがとうございます。

灰谷 今日は取って付けたようであれなんですけど、帯に河出さんのコメントが入っている、これを読み始めました(※『だれか、わたしを助けて』)。これなんか本当に知らなくて。昨日ぐらいに届いて、後ろに河出さんがいると思って。ここにエイミー・ベンダーがコメントを寄せているのは担当の阿比留さんが気付いてくれるまで気付かなかったぐらい。あと、相互フォローしている小説家の伊藤なむあひさんっていう方の本。商業の本はたぶんないと思うんです。この本はたぶん独立系の書店から出していて、通常ルートでは買えない。『蟹の理』っていう本です。

河出 『蟹の理』。

灰谷 これこそ近い将来、二、三年以内に河出真美賞の候補になってもおかしくないと思っています。二、三年以内に世に出ないことはないんじゃないかなと思っていて。

河出 ははは。

灰谷 これ面白いです。今読んでいる途中ですけど。

河出 へえ。

灰谷 全部面白くて。まだ大きい賞を取っていないのは本当に不思議でしょうがないですね。

河出 アンソロジーとかに書かれていますよね。

灰谷 アンソロジー系のネットで公募している小さい賞は取っている。大きい賞は多分まだ取っていなくて本当に不思議ですよ。この十年ぐらいずっとすごくレベル高い小説を書いていて。いずれ売れっ子になる人じゃないですかね。

河出 それはぜひチェックします。

灰谷 それともう一つありますね。フアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』っていう本。『百年の孤独』に影響を与えたという本です。これ読んでいなくて。ガルシア=マルケスが行き詰まっている時にこれを読んで、その後の作風が変わったっていう話があるんですけど、確かに『百年の孤独』って、これを長くしたやつだなって思うぐらい。人に影響を与える本ってやっぱりあるなと思って。で、読んでいますね。これ面白い。

河出 『ペドロ・パラモ』、私も大好きです。

灰谷 好きそう。ずっと本棚にあって読んでいなかったんですよね。本棚に十年以上あったんじゃないかな。急に読み始めて。面白い。

河出 『ペドロ・パラモ』がお好きでしたら、スペインのフリオ・リャマサーレスっていう作家の『黄色い雨』っていう小説が。

灰谷 はいはい、聞いたことあります。持ってる。

河出 結構話題になったんじゃないかなと思うんですけど。本当にあれもすごくいい本ですね。はい。おすすめです。

灰谷 たぶん持っているんですよね。持ってはいて。『ペドロ・パラモ』もそうだったんですけど、読みますね。

河出 でもそうなんですよね。積読で、もう持っていることも忘れていた本をぱっと手に取って読むと、ものすごく良かったりするんですよね。

灰谷 ありますね。本当に。

これから書いていきたいもの

河出 もう一時間ほどお付き合いいただきまして、最後の質問になると思うんですけども。すごく大事な質問です。これからどういうものを書きたいと思っていらっしゃいますか。

灰谷 基本的にあまのじゃくなところはあります。小賢しくも世の動向を見すぎちゃうところもあるし。世の中の流れに真っ向から反対するのも気恥ずかしいんですけど、チクッと反抗したい気分もある。最近だと『みいちゃんと山田さん』のように、作品をめぐってさまざまな意見が出ることがありますよね。自分の小説も、そういうふうに賛否が大きく分かれることには強い憧れがあります。最近、フィクションの中での倫理観のなさが「露悪」の一言で片付けられるのをよく見かけます。でも、「露悪」の一言で片付けちゃうと、ちょっとまずいような気がします。露悪的なものって、今の時代、カウンターとして機能しづらくなっているとは思うんですよ。道徳的なことをやるのが今もっとも強く響くんだろうなという感覚がある。でも、あまりにそれが大きくて強い流れなので、安易に乗りたくもない。世の中が不穏だと、不穏なフィクションはどうしても弱くはなる。でも、僕はもちろん戦争反対の立場なんですけど、小説の中ではいろいろなことを書く可能性がある。戦争賛成なんか書かないですけど。道徳的な価値観から大きく外れたことを書いたときに、露悪の一言で片付けられると、「批判してもいいけど、もっと他の要素も読み取ることはできませんか?」と思うことはあります。自分で叩かれに行くことはしないですけど。小説家としての自分の身の置き場所というか、「うまいポジション」みたいなのを探せたらなあと思います。不道徳ではありたくないんですけど。大きい流れに全員が乗っかっていいのか、という。難しいですよね。普通に読んで面白いものを書きたい、ということなんですが。考える要素はいっぱいあるけど、深く考えなくても楽しめる部分がいっぱいある。小難しくはなく、読みやすいけど、なんか変なことが書いてあるな、でもここは好きだな、心に残るな、というような。大上段に構えて正義とは、人間とは、というようなことは書かないと思います。

河出 真ん中とも違って隅っこみたいな感じですか。

灰谷 冷笑的というか、嫌なやつにはなりたくないんです。でもなあ、という。めちゃくちゃうまくやっているのが『ちいかわ』だと思います。不道徳な部分を見つけようと思えばいくらでも見つけられるけど、見つければ見つけるほどに作品の魅力が増していく。すごいです。『ちいかわ』は大きな希望の一つです。あんなに受け入れられるなんて。

河出 そうですね。ものすごくヒットしていますもんね。

灰谷 『ちいかわ』からこぼれ落ちた小さな星の一つ、みたいな作家になれないかな(笑)。

河出 そんな感じで考えつつも今も書いていらっしゃるという。

灰谷 そうですね。はい。

河出 次の本も楽しみにしています。

(ここで、同席していた担当編集者が話に加わる)

担当編集 今長編を執筆いただいています。三分の一程度をちょうど一昨日読ませていただきまして、既にかなり面白いです。近々刊行できると思いますので、その際は河出さん、ぜひ読んでください。

河出 ぜひぜひ。やっぱり今まで読ませていただいたのは短編だったので、長編だとどんなものを書かれるのかというのはすごく興味があります。

灰谷 はい。頑張ります。

河出 ああ、楽しみです。じゃあ近いうちにということで。楽しみにしていますね。

灰谷 はい。今後ともよろしくお願いします。ありがとうございます。

河出 よろしくお願いします。ではでは、ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 

語り手:灰谷魚

「レモネードに彗星」で2024年、「カクヨムWeb小説短編賞2023」(短編小説部門)円城塔賞を受賞。2025年に短編集『レモネードに彗星』を刊行。同作で第1回河出真美賞受賞。

▼インタビューに登場する灰谷さんの著書はこちら

レモネードに彗星

『レモネードに彗星』

著者:灰谷 魚
出版社:KADOKAWA

聞き手:河出真美

梅田 蔦屋書店で文学コンシェルジュとして勤務しつつ、数々の書籍にレビュー、コメントを寄せ、本に関するイベントへの出演など、読まれてほしい本を広めるため活動している。

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