浦和蔦屋書店の本棚Vol.23『地図と拳』小川哲/集英社

2023年02月28日(火) - 03月31日(金)
『地図と拳』小川哲/集英社

小川哲といえば本作で山田風太郎賞と直木賞を受賞し、『君のクイズ』が本屋大賞候補に選ばれた注目を集めている作家です。600pを超える文量ながらぐいぐい読ませる大作には小説の面白さが目一杯に詰め込まれています。
 
日露戦争直前から第二次世界大戦までの中国満州の村・李家鎮(リージャジエン)が舞台です。その村の〈燃える土〉を契機に日本とロシアそして世界の利権争いの戦場となっていきます。
本作は一つの村が発展し消えるまでの物語であり、村の興亡の歴史を中心にした激動の群像劇です。李家鎮は架空の村なので本作は歴史を下敷きにした空想の物語です。
とはいえ、作者の博識(巻末の参考文献の量には驚きました)に基づいた語りはリアリティにあふれていて、現実と空想の歴史が混ざり合い全て実際に起こったことなのではないかと思わせる迫力があります。

登場人物の一人に孫悟空(ソンウーコン)がいます。本名ではなく、彼は憎き日本人や西洋人を打倒するための拳法の修行によって天啓をえて己に孫悟空を宿し、
やがて李家鎮を乗っ取りしたたかに成り上がっていく超人的な人物です。彼の人物を作り上げる成り立ちと過酷な修行、そして天啓を全うするまでのすべてが面白いのです。
体内の熱力をコントロールするために、高い場所から飛び降りて土の山に体を打ち付けます。この修行にはそれを裏付ける理論がありますが、現代的な視点からすればおよそでたらめに思える理論です。
しかし、そこにはそれを信じるに足るリアリティとリアリズムが確かに存在します。その手触りや空気をくっきりと伝える筆力が本作の面白さです。余談ですが修行の理論の種明かしも後に語られるのですが、
これも膝を打つものです。

 ほかにもさまざまな人物が登場します。神の教えを人に与えることに人生をささげるもの。地図を描くもの。多民族の調和をかかげ都市を設計するもの。奪われた故郷を取り返そうとするもの。
背景にあるのは国家です。地図はその国家という観念的なものに形を与えます。しかし地図を上書きするために数えきれないほどの拳が振り上げられます。
夢や理想という思想から、いかに生計を立てるかという現実まで、戦争は人を狂わせていく様に息をのみます。
 
命を奪うくらいならば奪われたほうがましだと考えていた人であっても、ひとたび戦場に立てば、それに呑まれもう人間性と保つことはかないません。
闘争から逃れる手はなく、何が大義で何のための戦争かもわからずひたすらに血が流れるさまは目を覆いたくなります。しかし同時に、歴史という物語と人生という物語が呼応する物語に夢中になって読み耽るはずです。
人間、歴史、知識、思考、建築、地図、戦争、宗教、恋愛、冒険などなどいわゆる小説の面白さを存分に楽しめる本作はまたとない傑作です。
簡単に一気読みできる文量ではありませんが、時間をとって一気に読んでいただけたら最高の体験ができるはずです。

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