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【RE:HIROSHIMA インタビュー】伊東直人 今も広島で働く私が本と書店を愛する理由

 
伊東さんは異色の経歴の持ち主だ。ご家庭の事情で大学進学は諦めたが、勉強することは好きだったということで、本を使って独学で勉強し、国家公務員第1種に合格、その後もTOEIC990点満点、英検1級、中小企業診断士、などなど数々の難関試験に合格している。現在は経済産業省中国経済産業局で働き、書店振興プロジェクトチームのリーダーでもある伊東さんに、愛してやまないという本と書店、広島のことについて聞いてみた。
 
 
現在の仕事について
 
経済産業省という名前の通り、日本の経済と産業をよりよくしていくことがミッションです。その中でも中国経済産業局という出先機関にいますので、この地方の企業や産業の支援がメインの業務になります。今の地域未来投資促進室では、この地方を牽引するある程度規模が大きな企業や高い成長を志向する企業を支援する仕事に就いています。以前は中小企業を支援する部署にいたこともありますが、異動に合わせて業務の内容は変わっていきます。ですが、今回のインタビューのきっかけになった書店振興プロジェクトには部署が変わっても従事しています。役所としては珍しいのですが、局全体を横断する組織という位置づけで立ち上げられたチームなので、人事異動があっても続けられているんです。
 

 
 
書店振興プロジェクトチームとは
 
私は5年ほど前に中国経済産業局の中で書店振興企画を立案して独自に業界の支援に携わって来たのですが、令和6年に当時の大臣だった齋藤健議員の声かけで省内に、書店振興プロジェクトチームが立ち上がりました。それに合わせて、改めて当局内にも声かけしてチームを発足したんです。地方局のチームなので、抜本的に法制度を変えたりとか、大きな予算の枠組みを作ったりということはできません。私たちとしては、書店や本の大切さを「経済と産業の観点」を通してこの地でPRしていくということをミッションにしています。
 
この一年間で、広島や島根、山口で「書店と地域の未来を語る座談会」というシンポジウムを開催しました。書店や出版関係のイベントではだいたい業界に近い方が登壇されるのが普通だと思います。私たちがそれと同じことをしては意味が無いので、基本的にはメインスピーカーは財界とか企業人の中で本を愛好する方にお越しいただいています。本や書店というと文化的な面が取り沙汰されることが多いですが、経済と産業にもフォーカスした切り口でも発信しようということです。広島だとオタフクホールディングスの佐々木会長にお話いただいたのですが、どの地区でも必ず熱い思いをお持ちの方が見つかるんですね。そして皆さん、会社のためにも社員の人生のためにももっと本を読んでほしいと思ってくださっている。経済と産業という観点からの機運醸成はもっとできるのではないかと感じています。
 
 
中国経済産業局の公式notehttps://chugoku-meti-gov.note.jp/)でも、そんなテーマで定期的に発信しているので読んでいただけたら嬉しいです。
最近では、トーハン(書籍の卸会社)さんと一緒に広島ご当地企業のブックカバーを作る企画にも取り組みました。オタフクソースさんなど広島でブランド力のある企業さんに協賛してもらい、デザインが入ったブックカバーを作って、書店で文庫を買ってもらったお客様に無料で配布するというキャンペーンです。対象店舗では文庫の売上がしっかり向上し、SNSにはお客さんの全種類揃えたくて本をたくさん買ったという声などが投稿されて、企業さんには書店でPRできることを喜んでもらえて。産業界を通して情報発信するという私たちのチームが掲げるミッションにもぴったりで、三方よしのとてもいい企画になりました。やはり書店というのは、信頼ある媒体なんだなと感じます。今は業界がすごく大変な時なので、話題作りだけでなくしっかりシビアに費用対効果を考えて、持続可能なものにしていけたらいいなと思いますね。

 
 
 
経産省に入った経緯
 
私は工業高等専門学校卒なので、経済と産業に関わる仕事を目指す人は珍しいと思います。そこには両親がもともと経営していた町工場を倒産させてしまい、家族みんながとても苦労したという原体験があります。安定した公務員になろうという考えはもちろんありましたが、授業料を免除してくれた学校や国のセーフティネットにはとても助けられたので、恩返しをしたいという気持ちもありました。経済産業省で働くことを目指したのは、そういう人たちを出さないようにする、そんな仕事が出来たらいいなという思いからですね。
 
そこで国家公務員試験を受けようした時に、助けてくれたのが本と書店だったんです。よく、図書館と書店って何が違うのか議論になることがありますが、私にとっては明確です。「今年公務員試験を受けるために必要な本」って、図書館には置いていなかったんですよね。最新で、今必要とされているものが書店にはある。しかもそれが、高校生のアルバイトで買える値段で置いてあるんです。自分で稼いで大学に行くってハードル高いですよね。もちろん奨学金を借りるという手もあったんですけど、実家の破産で借金がトラウマになっていたので、それは選びませんでした。それでも、公務員試験に必要な本というのは一ヶ月のバイト代で手に入りますからね。英語の勉強なんかもそれで買った本でしていました。人生に必要な勉強をするための全てが、アルバイトで手に入るって本当にすごいことだなと今でも思っています。だから、本当に、本と書店には心から感謝しています。
 
 
 
 
 
いま広島で働いている理由
 
私は国家公務員第1種(現総合職)にも内定貰っていたんですけど、辞退して一般職の2種で働くことを選びました。これはおそらく非常に珍しいことですね。これまでの人生でも一番迷った選択でしたが、私が広島にとどまった理由の一番は、全財産をなくしてしまった家族の将来への心配でした。国家公務員第1種で就職した方が大きな仕事ができたかもしれませんが、もともと自分が経産省に入ろうと思った動機は自分が受けた恩を返そうと思ってのこと。それなら僕は学校も広島ですし、恩を受けた人たちもみんな広島の人なので、そこで働くことはおかしくはないだろうと。最後はそれで決めました。
 
 
ただ、1種に挑戦したこと自体はその後の人生でもとても大きな意味がありました。平成16年当時の1種試験は相当に狭き門で、3万人ぐらい受けて内定するのが500から600人ぐらい。東大とか京大出身者が6割7割という試験だったんですね。それを地方の高専から突破したことで、なんというか、自信を持つことができるようになりました。40代になった今でも、胸を張って自分は勉強が好きだと言えるのは、その経験が大きいように思いますね。
 
 
 
広島で働かない若者が多い現状
 
私は国家公務員なので、広島に限らずいろいろな場所での町づくりを見て来ました。その中で、掛け値無しに広島はすごくいい町だなと思っています。広島に生まれ育ったからということもあるんですけど、それだけじゃないんです。いろんな町に行って思うのは、広島ってとてもユニークさがあるんですよね。広島といえばこれですよね、というのがすぐに出てくる。食べ物でいうとお好み焼き。スポーツならカープとサンフレッチェ、最近ではドラゴンフライズ。文化や歴史でいうと平和都市。景色も路面電車とか、川が多いとか特徴がある。他の大きな街に行っても、そんなに全方位で出てくるところってないんですよ。全部揃ってるような大きな町でも、うちはみんなが自慢できるようなご当地グルメがないんですとか言われたりしますから。
 
私たちの所管する産業にしても、すぐに自動車(マツダ)というのが出てきます。衣食住カルチャー何をとってもこれというものが出てくるのが広島なんです。自分の町がどんな町かと聞かれた時に、そうやってすぐ答えられるって本当にすごいことだと思うんですよね。インターネットやAI全盛の時代に、アイデンティティってさらに大事になっていくはず。それでなんで広島から若者が出て行ってしまうのか、僕も聞きたいぐらい。(笑)
 
 
 

RE:HIROSHIMAとは
 
広島はとてもユニークな町です。私にとってのRE:HIROSHIMAとは、そのアイデンティティを再認識することじゃないかと思いますね。私自身は、広島に足りないものはそんなにないです。めっちゃ推せるんですけどね、広島。
 
 
 
学びという観点から今注目していること
 
現代において、勉強や労働あらゆることを語る上で、もうAIは外せないと思っています。みんなが同じことを学ぶ領域は価値が下がっていくだろうなと。例えば、法律って万人に同じルールが適用されますよね。そういう領域はAIのほうが素早く処理出来ると思います。英語などの言語も同じですね。言語は情報を伝えたり共有したりするためのものなので、同じじゃないと通じない。皆が同じものを学ぶ必要がある。だからこそ、言語って一番初めにAIに負け始めた分野じゃないかと思うんですよね。私もがんばってTOEIC満点&英検一級取りましたけど、今は遥かにAIの翻訳の方が早くて正確ですからね。
 
逆に、経営学が対象にする競争環境って、会社ごとに千差万別じゃないですか。全く同じような業態・規模の会社だとしても、そこで働いている人間のキャラクターによって状況は変わってきます。そうなると、どんなことを勉強したらいいかということもそれぞれ違ってくる。そんな分野ではできるだけ多くの人に最適な可能性が高い回答をしようとするAIは、力を発揮しづらいはずです。つまり言いたいのは、法律家や翻訳家に比べると、経営者は代替されづらいだろうということです。そんな一人ひとりが違う前提を持っているような領域の学びっていうのがこれから重要になってくるだろうと思いますね。
 
本屋さんを例に取ると、数千人が働く自動車メーカーでも町の書店でも、法律は同じルールが適用されます。AIに法律上のことを聞いたら、どちらにもかなりの確度で同じような答えをしてくれると思います。
 
これがマーケティングだったらぜんぜん違いますよね。大きな企業と町の本屋の経営を同じにしたら絶対に良いことになりません。例えば、町の本屋の経営をAIに聞いても、あまりいい答えは帰ってこないと思うんですよ。その店の店主や店員、常連のお客さんの性格によって何が正解かはかなり変わってくるからです。
 
これまでは、法律とか語学とかみんなが同じものを共有していることを勉強して、その中で競争に勝つということに価値があったんですけど、そうではなくなっていくだろうとを感じています。でも、一人一人が自分に合った勉強をするって、難しいですよね。僕はそこでますます書店が重要になると思っています。みんなに同じものを学ぶ環境を提供するのであれば、学校のほうが得意かもしれない。でも、みんなの状況がちがうのに、自分に合わせて必要なものを教えてくれるところって無いと思うんですよね。そういうものを学ぶためには、自らが能動的になるしかないんです。必要な情報をちょっとずつ断片的に自分で集めていくしかないと思います。そういう勉強が価値を持ってくる。そうなると、最新の情報を書店で本を自ら選んで勉強するということが大事になりますよね。インターネットの情報はあまりにも玉石混合だし、そもそも検索エンジンの結果は自分で選んだものではありません。ECサイトで提示される本や電子書籍も同じで、アルゴリズムが提示してくるので能動的に選んだものにはなり得ません。結局周りの人と同じものを勉強していることになるリスクがあります。僕の知る限り、能動的な学びが効率よく出来るのは今のところ書店店頭しかないと感じています。
 
 
 
書店は叡智の拠点
 
書店は国にインパクトをもたらす人材を生み出す拠点になるという思いがすごくあって、後世に残していかなければいけないと考えています。なぜかというと、世界を変えるようなメガベンチャーを起こした人たち、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、イーロンマスクやジェフベゾス、そんな人たちがこぞって本を読めと言っているからです。日本でも、ソフトバンクの孫正義、ユニクロの柳井社長、みんな読書家です。彼らの中には大学は中退したり行かなかった人もいるのに、本の価値は認めている。そんな変革者が日本のどこから出てくるかって事前にはわからないので、ある程度人が集まっているところには書店がないと、そういう土壌がなくなってしまうと思うんです。インターネットが発達したから紙媒体は存在価値がなくなったという人もいますが、IT革命を起こした当の本人達の方が本を大事にしていますからね。本と書店はこの先も国に不可欠なインフラなはずです。
 
 

 
学び続けることや本ってなんですか
 
私にとって、本を読むことや学びとは人生そのものです。私に限らず、人類は学びの領域を広げ続けなければ、今の状況を維持していくことすらできない構造になりつつあるように感じます。我々を取り巻く問題は数多いです。地球上の資源は有限なので、今の科学技術が発展しなければあらゆるリソースがいずれは尽きてしまいます。地球温暖化にしてもそうですよね。学び続けることで、なんとか生きていけている状況のように私には見えます。栄養を取り続けないと生物は死んでしまうのに似ていますね。学び続けるというのは人間のあり方そのものだという気がしています。私もその一員なので、生涯新しいことを学んでいきたいです。
 
 
 
おすすめの本
 
 
私が、おすすめする本は、ケント・M・キースの『それでもなお、人を愛しなさい 人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』です。普段は勉強の本ばかり読んでいて、今日もそれが大事だという話をしてきたんですけど。いろいろなことに救われた人生で、人の愛ほど大事なものはないともすごく感じているので、この本が大好きです。物語であれば、山本周五郎の『赤ひげ診療譚』も好きですね。恋愛の「愛」ではなくて、人間に対する真摯な「愛」というのか、そういうものが詰まった小説です。 人への愛を忘れると、勉強とロジックだらけのヤバい人間になってしまう自覚があるので、今日はこの2冊を紹介させていただきました。笑。

 
 
 
 
【プロフィール】
伊東直人(いとうなおと)
 

経済産業省中国経済産業局勤務 
1983年生まれ 広島市出身。呉工業高等専門学校卒業。
高専在学時、両親が経営する町工場が倒産したことにより全財産を喪失し、大学進学が叶わず本によって全ての学びを得た経験から、街の書店の重要性を実感。自身の勤務する中国経済産業局内に書店振興プロジェクトチームを立ち上げ、リーダーを務めている。本と勉強が何より好き。
 
 
イベント開催
【RE:HIROSHIMA】
2025年 09月13日(土)
2号館2F SQUARE GALLERY 
 

撮影_中野一行
構成_広島 蔦屋書店 文学コンシェルジュ 江藤宏樹
撮影場所_広島県広島市中区
 

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