【広島 蔦屋書店】かごとブローチ
覚えていますか。かごバックに何を入れたのか。
わたしが幼いころに住んでいた家の南側に、歩いて登れるちいさな山があった。山の頂上には灯台があって、その灯台のすぐ側に一体何歳なんだろうかと思うほど大きなクスノキがあった。どれくらい大きいかというと、幹の周りを一周する間に目玉焼きが焼けるくらい、あるいは髪を三つ編みできるくらい。それくらいだった気がする。
たいていひとりぼっちだったわたしは、よくそのクスノキの側で遊んだ。そして遊ぶときはいつも、いつからあるのか誰にもらったのかわからないけど、お気に入りのかごバックを持って行った。
かごバックには大切なものを何でも入れた。大好きなおばあちゃんがくれた白い小鳥のブローチ、外国のお菓子の包み紙、キラキラ光る砂の入った小さな瓶。宝物がいっぱいのかごバックを持っていると幸せな気持ちになれた。
でもある日わたしは幸せじゃなかった。
その日上靴が片方なかったこと、周りのお友達とうまくいかないこと、ひとりぼっちが好きなはずなのに胸がくるしくなること。それを全部クスノキに話した。クスノキの根元に座って話した...と、頭の上になにかが落ちてきた。小さな木の枝だった。あんまりきれいじゃない枯れ木だったけど、わたしはそれを拾ってかごバックに入れた。すると不思議と落ち込んだ気持ちは消え、心がすーっと晴れた。
またある日、わたしは幸せじゃなかった。
前の晩にお母さんに話を聞いてもらえなかったこと、いつも決めつけられるけどちがうと言えないこと、本当の自分をずっと誰も分かってくれない不安な気持ち。それも全部クスノキに話した。とまた、小枝が落ちてきて、それをかごバックに入れた。
それからは嫌なことはなんでもクスノキに話した。そうするとわたしは楽しくなって、がごバックは木の枝でいっぱいになった。木の枝だらけのかごバックはあんまりかわいくなかったけど、木の枝は捨てなかった。
そしてある春の日にわたしはまたクスノキに話をした。
でもその日話したのはいやなことではなかった。女の子の転校生がきたこと、その子と一緒に遊んだこと、その子の笑顔が優しいこと、うれしくても胸が苦しくなること。全部クスノキに聞いてもらったけど、木の枝は落ちてこなかった。しばらく上を見上げていたけど、何も落ちてこなかった。
そしてふとかごバックを見ると...木の枝でいっぱいだったはずが、お花でいっぱいになっていた。ピンクや白、うす紫のまぶしいほどにきれいなお花は涙で滲んだ。
わたしのかごバックには、わたしが入っています。
広島 蔦屋書店では「かごとブローチ」フェアを開催中です。
すてきな作家さまの春らしい作品をぜひこの機会にご覧ください。
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- 期間 4月15日(水) - 6月21日(日)
- 場所 1号館1F