広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.102

蔦屋書店・犬丸のオススメ『ひみつのしつもん』岸本佐知子 著/筑摩書房

 

 

明日は、休日。

「明日は朝から読書がしたいなー。なんか、つるんと読めて、あははと笑えるやつないかなー。そういうの一冊だけ買って帰ろう。」と思いながら書店のなかをうろうろとする。こんな時の本選びはなかなか難しい。もうすでに、脳は活字を欲しがり、身体が笑いたがっている。空腹状態だ。次々と本を手にしては「さあ、どうだ。笑わせてくれるんだろうな。」と撫でまわしていく。本も気の毒だ。

 

そんな中で燦然と輝く一冊の本。『ひみつのしつもん』これは、間違いないだろう。だって、岸本佐知子さんなんだもの。

 

岸本さんといえば翻訳家として素晴らしい人だ。最近では、ショーン・タンの『セミ』やルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』などの翻訳を手掛けている。どちらも名著だが、岸本さんが翻訳してるからと購入する人も少なくないだろう。わたしのように日本語しかできないものにはなおさらだ。海外文学を楽しめるかどうかは、翻訳家にかかっている。

そんな、岸本さんが摩訶不思議なエッセイを書いている。雑誌『ちくま』で連載されているエッセイは書籍にまとめられていて、本書は『ねにもつタイプ』『なんらかの事情』に続く、三冊目の最新刊だ。ひとつのエピソードは挿絵も含めわずか四ページほどなのだが、それぞれが、一冊の小説を読み終えたような気分にさえなる。岸本さんの生活の話だったはずが、いつの間にか、ミステリだったりホラーになったり、どこからこんなことになってしまったのか、気が付けば岸本さんの世界に引きずり込まれている。

エッセイの中から岸本さんの人柄が少しずつ知れるのも魅力だ。桃が好きで、ゴキブリが大嫌い(Gと呼ぶ)、夜中の台所で泡立て器とフライ返しを持って変な動きをしてみたり、翻訳の仕事をしなければならないのに、コアラの鼻についてあれこれ妄想したり。意外だったのは会社員時代(会社員をしていたことにも驚いた)に、社内における失敗の大きさの単位が「キシモト」になるほど失敗が多かったというのだ。あの岸本さんでも失敗ばかりの時もあったのかと、ほっとする。そんな会社員としての経験も貴重なデータベースとなり翻訳の仕事に役立っているようだ。

あの話も好きだ。『なんらかの事情』の「ダース考」。ダース・ベイダーも夜は寝るのだろうか。その一文から始まり、岸本さんの妄想が突き進む。ダース・ベイダーの自室の間取り、インテリア。悪の執務を終え、自室に戻るダース・ベイダー。黒マントを脱ぎハンガーにかける。ヘルメットの中は蒸れないのか。一日の終わりに何を思うのか。わたしの頭の中では六畳の自室で肩を落として正座するちょっと侘しいダース・ベイダーの後ろ姿が消えてくれない。これから先ダース・ベイダーを見るたび、シリアスな場面でもひとりニタリとしてしまう。少し、困る。

 

『ひみつのしつもん』も全話、おもしろかった。わたしの期待なんて軽々と越えていった。一話目の「運動」の出だしから、もう笑いっぱなしだ。

いくつもの不治の病におかされているという「不治の病」。変な会話のループにはまってしまい抜け出せなくなる「地獄」。「渋滞」に出てくるグズのための本が出たらわたしのようなグズは頬ずりして喜ぶだろう。SFチックな「ぬの力」。どれから読んでも、何回読んでも最高だ。その内、身体の痛みは軽くなり、食欲が増す。右手でジャンキーなお菓子をつまみながら、左手には岸本さんのエッセイ。これ以上の休日の過ごし方はそうそうない。

 

こうなれば、岸本さんの本を担ぎ旅に出たい。少し元気がなさそうな人を見つけたら横に座り、そっとページを開いて手渡すのだ。その人がフフフと笑えば、それだけでわたしも笑える。この世の中の悩み事なんて、本さえあれば大概ナントカなるものだ。

 

 

 

【Vol.101 蔦屋書店・丑番のオススメ 『プリンセスメゾン』】

 

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