広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.52

【蔦屋書店・江藤のオススメ 『ハローワールド』藤井太洋・講談社】

 

 

「世界はまだあるようにみえるかい」

このセリフは、私が大好きな漫画家、島田虎之介の『トロイメライ』という作品の中のセリフです。

カメルーンの呪術師によってある1台のピアノに呪いがかけられた。その呪いを解くという司令を受けた青年が、長い旅の果てにつぶやく言葉です。とても詩情があふれる美しい言葉だと思っています。

 

藤井太洋のデビュー作『Gene Mapper』を読んだときの衝撃は忘れられない。

2012年にKindleのセルフパブリッシングで出版された作品がヒットし、翌年には早川書房から紙の本で出版された。まだこの頃は、出版社を通さない形での作品の発表なんて他にはほとんど例もなく、しかもKindleを使ったセルフパブリッシングなんてなんだかよくわからなかった。

読んでみてさらに衝撃を受けた、なんだこれは?

 

出てくる未来のガジェットや用語、登場人物たちの振る舞いにすごく未来を感じはするのだけどなんだかよくわからない。

ナノマシンが入ったコンタクトレンズを通してみる拡張現実、会議に出るときもアバターを用いたり、アバターによる感情補正や表情補正もおこなえる、拡張現実内ではデジタルデータが、さもそこにあるかのように手で触れることができるし、扱うことができる、自らの身体にいくつものナノマシンを埋め込んでいて、拡張現実からのフィードバックを受けられるようになっている。

 

主人公は遺伝子のコードを書き込むことで植物を作り出し、その植物を使って農場に企業などのロゴを表示させる仕事をしている。作り出した植物の遺伝子には、色を変えるためのコードが書き込まれていて、外部からの司令でコントロールすることができる。

 

さて、2018年ももうすぐ終わるが、現在の状況はどうだろうか。

 

出版社を通さずに小説作品を発表するのは、なにもKindleでセルフパブリッシングなどしなくても、WEBに作品を投稿するだけで出来てしまう。

そこでヒットした作品は、当たり前のように紙の本で出版される。

そのような形でのたくさんのヒット作も生まれている。

 

では、小説内の状況と現実を比べてみると。

 

拡張現実というのもスマホで実現されていたりするので理解はできる。ナノマシンを埋め込むというのも軍事技術などでは実用レベルに達しているという、小説内のものには及ばないがアバターを使ったチャットなどはすでにできる。ゲノム編集なんてことも実用化されそう。VR技術も発達している。

 

まだ実現していないことも多いが小説内の記述がほぼ理解できるレベルに現実は追いついている。

ということは、かなりの精度で未来を見通せていたということだ。

恐るべし藤井太洋。

 

しかし、なにも藤井太洋が未来を予言できる超能力を持っているわけではない。

現在のテクノロジーの最先端を正確に把握していれば、論理的に導かれる未来予測なのだ。

 

ここでようやく、今回紹介する『ハロー・ワールド』について語りたい。

 

この小説を読むと、SF小説を読んでいるような気持ちになるかもしれない。しかし、今回の小説の舞台はまさに、今ここ、なのだ。

 

主人公は、初心者向けのiPhone用アプリ開発教室で知り合った仲間と一緒に、広告ブロッキングアプリを作り販売をしてみる。実はこのアプリは、ある特別な広告を唯一消せるものとして、特定の地域で急速に使われ始める。

その謎を調べていくと、そこにはインターネットの自由を脅かす大きな力が働いていることがわかってきた。

というところから始まる連作短編だ。

 

その後、主人公はドローンを使いバンコクの革命に関わったり、誰にも検閲されないSNSを開発したことによって、日本の警察から圧力を受けたり、ブロックチェーンを使った新しい仮想通貨を開発して世界を変えることになる。

 

これはまったく、未来の話ではない。

今ここで起こりうる物語だ。

 

藤井太洋が提示してくれる、テクノロジーの今ここを正確に知ることで、僕らは未来について思いを馳せることができる。

 

そんな藤井太洋を僕がとても好きなのは、彼がテクノロジーの未来に希望を持っているからだ。

 

この物語の中でも、テクノロジーの悪用の可能性を示唆しながら、また実際に物語の中で悪用しようとする奴らもでてくるのだが、主人公はそんな状況のなかでも、インターネットの自由を守り、テクノロジーの未来に希望を描く。

 

Gene Mapper』では、下手をするとこの世界が無くなってしまうほどのインパクトのある技術が現れて、主人公は決断を迫られるのだが、彼は停滞よりも進むことを選ぶ。進むために最適な方法を取りにいく。

 

怖がっていてもなにも始まらない、停滞すれば退化していくしかない。現在取りうる最適な選択をするためには、現状の把握が必要だ。そのためには知らなくてはならない。藤井太洋の小説を読むということは、そういうことなのかもしれない。

 

大丈夫、僕らには藤井太洋がいる。

未来に絶望を抱く必要はない。

 

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<title>Hello World</title>

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<p>ハローワールド</p>

<p>世界はまだあるようにみえるかい?</p>

<p>なにいってんだよ。おもしろいのはこれからじゃないか</p>

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