【裏方のコラム】『大阪』――私の知らない大阪
社会学者の岸政彦さんと小説家の柴崎友香さんの共著『大阪』が発刊された。大阪に来た人である岸さんと、大阪を出た人である柴崎さん、それぞれの大阪にまつわるエピソードを映したエッセイである。映したと言ったが、読んでいて思ったのはお二人の人間模様を随分と鮮明に思い浮かべることができたからだ。鮮明であり音が聞こえるように。それは大阪という場所であってこそなのか。来た人(岸政彦)と出た人(柴崎友香)、大阪という場所を介して見える、人の姿が何度も交差した。
岸さんのパートでは大学生になってから来た大阪が描かれる。大学生として、バーテンダーとして、ウッドベーシストとして。お連れ合いであるおさい先生との散歩の姿も、思い浮かべるたびに心地いい。本書には画家である小川雅章さんの絵が、表紙と扉に使用されている。この味わい深い絵が醸し出す空気に似たものを、岸さんのパートからは特に感じた。言葉にするのであれば「隅の大阪」とでも言うのか。でも、人、一人に起こる出来事を考えると、それぞれが隅の出来事なのだなと、この絵に佇む犬を眺めながら思った。そして、柴崎さんのパートでは生まれ育った大阪が大阪の人の出来事として語られる。心斎橋アセンスとかパルコとかお笑いに音楽。人が生で触れてきたもの。学生時代の出来事が、人を形作っていたり。読みながら「うーん」と、1ページずつを特に大切に捲ったのは柴崎さんのパートだった。うん、惜しみない鮮明さがこの一冊にはたくさん詰まっている。
ところで、「私にとっての大阪は何処だろう」。そう考えた時に浮かぶのは十三、梅田、心斎橋。
府外の者らしく、よく聞く場所ばかりだが、その中心は写真と仕事と本だった。
いまから10年ほど前、「写真」に興味を持った私は、気になる写真展があるたびにフラフラと大阪にある写真ギャラリーによく通っていた。十三にあるブルームギャラリーは特に通った写真ギャラリーの一つで、展示はもちろんオープニングパーティに参加することも多かった。近くのコンビニで6缶入りのビールや発泡酒、酎ハイを持っていく。誰かが持ってきたワインもあったり、ご飯を持ち寄ったりで「餃子」「たこ焼き」「唐揚げ」「ピザ」と、それぞれの食べたいものを集めた思い思いのテーブルが出来上がる。知らない人との立食に緊張もしたが、誰かが誰かを繋げ、写真という共通の興味もあって、少しずつ「誰か」ではなく認識された「その人」へと変わっていった。
ブルームギャラリーの目の前には淀川がある。本作の中にもよく出てくるが「淀川」はいい。特に十三から対岸にスカイビルを目の前にしての淀川は最高である。バーベキューもしたし、フリスビーもした。
淀川の岸に立つと誰もが少し若くなる気がする。水はとことん濁っているのに、人の心を爽やかにするのが得意な川だ。淀川、いつもありがとう。
梅田は当然のように当店(梅田 蔦屋書店)がある。私は府外に住んでいるので、こんなに大阪の中心地に通うことになるとは、10年前には全く考えていなかった。大阪ステーションシティは大阪で駅で都会。来るたび少しうろたえる。「もっと雑草とか欲しい」みたいなことを考える。出勤前に必ず登るエスカレーターがある。その手前にポッカリと遠くを見渡せる穴がある。正しくはショッピングビルの隙間としての穴。そこからは建設中のマンションと少しの空が見える。朝はその穴を見る。これから仕事が終わるまで、ルクアイーレの壁の中に入る。<「空気を吸う」って空調やとあかんくて、空が見えてへんと「(空)気を吸う」って感じやねんな。>と、思っていたり。手前に忙しく人々が歩く場所。仕事の前に、遠くに見えた空を見上げて空気を吸うのがいつもの朝だ。
心斎橋は心斎橋アセンスだった。『大阪』にも出てくる心斎橋アセンス。初めて買った洋書写真集はウィリアム・エグルストン『William Eggleston's Guide』。アセンスの書棚にあったたくさんの写真集の中から選んだ。“まさか”と誰もが思ったウォルフガング・ティルマンスのサイン会にも友人たちと参加した。勉強したてのドイツ語で話す友人を手に汗握りながら見守った(ティルマンスはドイツ語ではなく笑顔を返した)。アセンスギャラリーのトークイベントは写真に関わる人を繋げてくれた。2018年に惜しまれながら閉店されたが、閉店間際の柴崎友香さんと長嶋有さんの選書フェア「ありがとうアセンス選書フェア」にも訪れた。最後にアセンスで買った本は柴崎さんの『寝ても覚めても』だった。この時つけてもらったブックカバーと栞はいまでも大切にとってある。
岸さんと柴崎さんの『大阪』を読み、自らの大阪をここに書いてみた。「生きることは出来事を重ねることだな」と深くうなずく。人々が交差することの心地よさがあり、交差する人々それぞれに、その人固有のエピソードがあるのだと思う。
大阪という街に感じるギュギュッとした密度。この本を超えて、個々一人一人の出来事に向けて思いを馳せたい気持ちになった。
「あなたの大阪を教えてください。」
そう近しい人にも聞いてみたい。かけがえのない誰かとの、特別なやりとりを聞けるような気がしている。