広島 蔦屋書店が選ぶ本 Vol.3

【蔦屋書店・丑番のオススメ 『SMに市民権を与えたのは私です』】

 

今回紹介するのは、団鬼六の自伝『SMに市民権を与えたのは私です』。です。SMということばが世間にひろがっていったのは、団鬼六の『花と蛇』に代表される官能小説・ピンク映画が契機となっていることは間違いないでしょう。

 

官能小説家としての功績があまりにも巨大すぎるため、団鬼六の別の側面がみえにくくなっているとも思います。それは、優しさとユーモアをもって人間の情けなさを描く、美しい文章家としての団鬼六という側面です。わたしが始めて団鬼六の文章を読んだのは、将棋をテーマとしたエッセイ集『牡丹』(幻冬舎アウトロー文庫・絶版)でした。

どれもこれも素晴らしいのですが、たとえば、その中のひとつ、『ジャパニーズチェス』。軍需工場で働く中学生の鬼六少年とアメリカ人捕虜との将棋を通じたさわやかな交友。その後、軍需工場が空襲にあい、アメリカ人捕虜は(おそらく)爆死します。終戦後にその軍需工場跡の廃墟を訪れた鬼六少年と友人の村田くんは、ガレキの中の将棋盤が目にとまります。

『村田は膝をつくようにしてすすり上げながら土の中の盤を両手で引き上げ、埃をしきりに掌でこすり落とした。村田の手で磨かれた薄い将棋盤はあたりの殺伐な光景とは不似合いな平和さで綺麗な木の肌をみせていた。』

美しい文章に、心がゆさぶられました。

 

SM小説・ピンク映画で財をなし、横浜に豪邸をたてた団鬼六は、趣味の将棋関係の雑誌の出版権を買いとって、絶筆宣言をします。しかし、雑誌経営もうまくいかず、バブル経済の崩壊などで、再び文筆の世界に戻ってきます。『小説新潮』からオファーを受けて書いたのが、大傑作『不貞の季節』(文春文庫)です。これは団鬼六自身とおぼしき主人公が嫉妬と妄想にさいなまれる、私小説の枠組みを持った作品です。情けない男に対して、強く凛とした女。自分というものを突き放して自虐的に描くが、それでいて自己憐憫に陥らず、ユーモアをもって描くことのできる団鬼六という作家に畏敬の念をおぼえました。

 

では、そんな団鬼六という作家は、どのような経歴をたどって団鬼六となったのか?本書『SMに市民権を与えたのは私です』を読んでください。経歴をたどるだけでその波乱万丈の人生がわかります。26歳のときに、文藝春秋社のオール新人杯に小説が入賞→2作目に書いた本が映画化→愛人にバーを経営させるが、詐欺にあい、愛人にも逃げられ借金を抱え都落ち→神奈川の港町で英語教員になり、結婚・子どもができる→生徒に自習させながら、官能小説『花と蛇』の執筆→ピンク映画の脚本家として大成功…。すごい人生です。それに加えて、人間にたいする優しさにあふれたユーモアあふれる文章も魅力です。

 

1号館1Fの「自伝・評伝を読む」フェアにて展開されています。ぜひご覧ください。

 

 

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