蔦屋書店が集まるモール型のオンラインショップです。はじめての方はこちら
ヨ 石川竜一 写真集
販売価格:¥5,000 (税込 ¥5,500)
“言葉では尽くせず、意味へ還元されず、それでも確かに立ち現れているもの。
それは、記号化されながらもなお尽くされず、知覚のうちに立ち現れ、他者として触れ、
聖として震えをもたらすものの現れである。”(石川竜一)
石川竜一にとって、ポートレートは重要なテーマであり続けてきた。私たちは写真に写る人を見て、その人が誰であるのかを知ろうとする。年齢や性別、装い、表情、生活の痕跡から、その人について何かを読み取り、意味を与えようとする。しかし、そうした言葉や解釈を重ねても、なお残るものがある。細部まで克明に写し出されるほど、その人はむしろ、何者であるかという理解からこぼれ落ちていく。見えているのに、わからない。目の前の人は、自分の理解には回収しきれない他者としてそこにいる。
皮膚の湿度、身体に宿る緊張、筋肉の張り、視線の強さや揺らぎ。光が物に触れ、反射し、カメラへと届く。
写真に定着された物質の質感は、見る者の身体にも働きかける。物質的であると同時に、現象的であること。
客観としてそこにあるものが、見る者の主観に触れ、感覚を生じさせること。
石川はその経験を考えるなかで、主観的に経験される感覚の質「クオリア」へと向かい、さらに、畏怖や魅惑を伴う「聖なるもの」、説明することのできない他者性へと思考を重ねていく。聖性とは、誰かがあらかじめ所有している特別な属性ではない。見ることのなかで、不意に立ち上がる経験の質なのだ。
見られるものと見るもの。物質と感覚。客観と主観。そのあいだで、起きていること。写真に写る身体は、ただ観察される対象なのではなく、知覚の媒体となって見る者の身体へと触れてくる。そこには、言葉によって意味づけられるより前に、確かに現れている何かがある。
石川はそれを「∃」と記し、「よ」と読む。論理学では「存在する」ことを示す記号である「∃」を、石川はここで、「存在」にさえ先立つ「表し難い現れ」へと開いていく。それは何者かという分類からこぼれ落ち、言葉や記号によって尽くされることなく、それでも確かに、こちらに触れてくるものだ。
何が写っているのかではなく、なお、そこにあるもの。『ヨ』は、人を撮り続けてきた石川竜一が、写真に写るものと、それを見る者とのあいだに立ち現れる、名づけることのできないものへと触れようとする一冊である。
(版元HPより引用)
発売日
発売中
品番GPHT13806J-9784865412338
製品仕様
Book Design:町口景
H282mm × W228mm/104 pages/Hardcover
通常、在庫がある商品は1~3日で発送いたします。
在庫がない場合は、在庫状況・納期をご注文後、メールにてご案内いたします。ご了承ください。
商品の返品及び交換は承っておりません。但し、商品の欠陥や不良など当社原因による場合には、返品・交換を承ります。