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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.209『思いがけず利他』中島岳志/ミシマ社

蔦屋書店・江藤のオススメ 『思いがけず利他』中島岳志/ミシマ社
 
 
タイトルを読んだ時、ちょっと何のことかわからなかった。
 
「利他」という言葉は知っている。
他人の利益になることをする。ということだ、反対なのは「利己」。
まあ、この意味はだいたいわかる。
 
それと「思いがけず」が繋がらない。
だって、他人の利益になることをする、人のために何かをする、ということはその客体としての相手がいないことには成立しない行為のような気がするからだ。相手がいるということは、意図してする行為でしかないはずだ。
 
という印象をもって読み始めたのですが、読み終わって、こんなにピッタリとこの本の核になるところを言い表したタイトルは無いな!とめちゃくちゃ感心してしまったのでした。
 
すげーいいタイトル付けるなぁ!
 
なので、この本に対して私がPOPを書くとしたら。
 
このタイトルに痺れた!!
世界が静かにクルッとひっくり返り
よくわからなかったタイトルに対する理解が異常に深まる。
そしてあなたを中心に世界は色を変える」
 
もちろん、「このタイトルに痺れた!!」はレタリングした太字で大きくして、その後の文章と字体も変えよう、派手な手書きでPOPカードの縁もキレイな色で塗ると目立つのではないか。
 
ただ、残念ながら広島 蔦屋書店では手書きPOPをほとんど使わないので、このPOPコメントはここだけでの発表にとどめます。
 
これで言いたいことはほぼ言ったのですが、ちょっと文字数も足りないので面白かったところをもう少し紹介しますね。
 
この本は「利他」について書いてあります。
その「利他」ですが、私自身も以前からちょっとこの「利他」ってやつが怪しいなと思っていました。
 
よく言われる「人のためになることをしましょう。なぜならそれは回り回って自分のところに返ってくるからです。人のためにしたことが、自分の利益になって返ってくるのです」という理論にはちょっと危うさを感じていました。
 
この本の中でももちろん考察されるのですが、結局このような思いからなされる「利他」は純粋な「利他」ではなく、つまるところ「利己」ではないか。自分の利益のためにするのならそれは「利己」ですよね。
 
しかも、見返りを期待した行動というのは、相手に対する期待を伴ってしまうので、お返しがなかったとか、自分にいいことが返ってこなかった、ということに対して負の感情を抱いてしまいがちなんですね。相手に対して何かをしてあげた、こっちはこれだけしてやっているのに、なんでそっちは。という怒りに変わってしまうこともあります。
これは嫌ですね。お互いにとってマイナスしかない。
 
そこまで行かなくても、何もお返しはしなくていいよ、といいながら相手の上に立つ。というマウンティングに繋がることもあります。
 
このように「利他」とは人の感情の仕組みから考えても、非常に難しい。
では、本当の「利他」ってなんなのか。
この問いに対して、みごとな示唆を与えてくれるのがこの本の凄いところです。
 
なんと、SF小説よろしく、利他とは未来からやってくる、と言うのです。
タイムループのような現象が起きるという説明を繰り出してきます。
つまり現時点でおこなった「利他」的行為、それは「利他」としてやっていなかったり、現時点では「利他」では無いのだが、ある未来の時点でそれが「利他」として完成してその時に初めて、さかのぼって過去の行為が「利他」的行為として完成する。ただ、もしかしたらその時には、その「利他」をおこなった人物はすでにこの世にいないかもしれない。
何を言っているのかわからないと思うのですが、この本を読むと完全に理解できますし、なるほど!と納得できます。
 
このくだりが最高で、これこそが極上の読書体験だと思いました。
また違う軸でこの本の面白かったところを紹介します。
立川談志の落語に対する向き合い方が描写されるところがあるのですが、そこがめちゃくちゃいいんですよ。
落語に対しての向き合い方が本当に真剣で真摯で真面目ですごく考えていて苦悩していて、このような覚悟で話を演じていたのだなと、胸が熱くなりました。
落語家さんってほんと凄いです。
 
さらに、NHKのど自慢の話、『歎異抄』の話、自己責任論についての話。
縦横無尽に思考は巡り、思いもよらぬところまで「利他」についての思索は広がります。
 
そしてこの本を読み終わった時、私は私を中心としたこの世界の見え方がちょっと変わったことに気が付きました。いつも見ていた世界とはちょっと違う色が付いていたのです。
 
世界は私の在り方によって姿や色を変える。
そんな空想のような話が現実となって目の前に現れたのです。
これが「凄い本」の持っている力なのです。
 
この本を読むことで変わる世界はあなたにとって、いまよりもっと生きやすくなっているはずです。
 
私はそうなりました。そう、思いがけず。
 
 
 
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