広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.156

蔦屋書店・古河のオススメ 『雪のなまえ』 村山由佳/徳間書店
 
 
読み始めたら駆け込むように読み、登場人物の心の機微を、もう一度読み返してしまいます。
物語の中の危うさ、不穏、昏いものを内に秘めた書き手、村上由佳さん。
 
数ある作品の一つ、
『天使の卵~エンジェルス·エッグ~』(1994)、そう天使シリーズです。
歩太、春妃、夏姫のぎこちない恋愛、みずみずしいディテールは記憶にあるかたも多いでしょう。
 
天使の卵から10年の歳月が流れ、世に出た『天使の梯子』(2004)。
慎一(フルチン)と夏姫の出会いは、過去に閉じた春妃、歩太の物語を開くことに。
石神井公園や井草通りの風景が、今読んでも鮮明です。
 
そして本書は、不登校で自分の居場所がわからなくなった、小学5年生·島谷雪乃が自分探しをする物語です。
雪乃の、相手の気持ちを察する、繊細な心が丁寧に描かれています。
 
雪乃は、父の思い付きで、長野の奥深い地で暮らす曾祖父母シゲ爺、ヨシ婆のもとへ転居します。
キャリアを捨てられず単身東京で暮らす母。
過疎化した、保守的な地方の現実で、父はお店の開業に勤しみますが。。
家族の葛藤、そして成長にも心動かされます。
 

早く学校へ行かないと。
早く学校へ行かないと、
だめだ、息が苦しい。
 
 
私にはよくわかります、この気持ち。
当時、苛められていた転校生と、登下校を一緒に過ごしたことがきっかけで、私も苛められたことがあります。
忘れもしない六年生の時。女子の陰湿ないじめは、ひそひそ陰口から始まり、クラス皆の仲間外れとなりました。下駄箱の上履き隠し、自分の物がなくなっていく、、この日々の悲しみは残酷です。登校するけれど、昼休みなんて無ければいいと思いました。雪乃の闇が想像できます。
 
 
「シゲ爺、怒ってないの?」
「だれぇ、なーんで怒るぅ?起きようと自分で決めて、いつもよりかは早く起きただもの、堂々と胸張ってりゃいいだわい」
雪乃は頷いた。
 
 
早朝、畑仕事を手伝うと決めた雪乃が寝坊し、畑へ走って行った時のワンシーン。
シゲ爺、ヨシ婆の存在に、雪乃の心は解されていきます。
親以外の存在に助けられる、あたたかく小さな幸せは近くにあるのですね。
 

「あたしが······ふつう?」
「俺だって最初はさ、東京から来たなんていうからこう、しゃらっつねえ感じで、あたしは特別なのよ、みたいな風なんだろうなって思ってたんだよ。けど、喋ってみたらほんっと全然ふつうなんだもん」
 
 
長野でも不登校が続く雪乃。
学校に行っていない”ふつう“じゃない自分を、受け入れようとする同級生の大輝。
誰かと仲良くなるのが不安だった雪乃ですが、大輝、豊、賢人、詩織が少しずつ心の隙間に入り、一歩踏み出すきっかけを与えてくれます。

私自身の経験も重なりました。小学校生活最後の修学旅行、授業のグループ分け等、ことあるごとに自分の居場所を探しました。
しかし、私に対する苛めに気づいた転校生が、今度は私を守ってくれるようになりました。
そして、今まで順番に苛められた友達が、自然と仲間となり、最後は苛めた側が孤立してしまう、という展開を迎えました。
中学校では離れ離れになりましたが、手を差し伸べてくれた友達ってありがたいなあ~と、今もこの気持ちを大切にしています。
 
苛められた経験は心のキズとして残りますが、これも人生の1つと捉え、人への優しさも真の強さとなると思います。
 
つらいことから、時には逃げ、生きてゆくことも生きる術です。
大人だって、今いる場所が逃げた着地点かもしれません。
 
雪乃がどんな自分の居場所を見つけるのか、この物語の続きも密かに気になりながら、、
本書で村上由佳さんファンがまた増えるでしょう。
 
 

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