広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.152

蔦屋書店・竺原のオススメ『Coyote No.72 特集 星野道夫 最後の狩猟』スイッチパブリッシング
 
 
 
星野道夫という人物は善い人であったと思う…
 
写っている人々の体温や動物たちの呼吸、土地の空気の匂いが確かに宿っている様な写真は、どこかの一場面を「切り取った」のではなく、被写体が経て来た時間の流れをも全て汲み込んでいる趣があり、そこに物語が見える程の包容力がある。
何かを誇張するでも、流麗な比喩を用いる訳でもなく、ただ感じた事をあるがままに、誰かに語りかけているといった雰囲気で書かれた文章は、心の柔らかい部分がそのまま表出した様な純粋な優しさに溢れつつも、確固たる何かを孕んでいる。
 
…氏が多く遺している写真や文章といった表現を、それを産んだ人物の内面世界の発露だと考えると、そう感じるのだ。
 
そんな写真家/星野道夫には、これまで雑誌『Coyote』が何度となく焦点を当てて来た。
約5年振りに氏を特集した今号は「最後の狩猟」という題であり、その写真や文章は「狩猟」という行為、そしてそれにまつわる(今と昔で大きく変わった)人間と自然の関係を様々な方向から紐解いている(ちなみに刊行日である11/15は日本の「狩猟解禁日」だそうだ)。
 
狩猟とは他者を殺して戴く事であり、生きるという事は何かを犠牲に自身を存続させる事である。
氏はそんな一聞残酷な事実を狩猟民との共生の時間を通じて感じ取り、やはり写真と文章という形で遺している。
その模様として本誌には1994年に雑誌『SWITCH』に掲載されたエスキモーとの鯨漁に関する1万字に及ぶ記録が再録されているが、この項を読むと都市で暮らす我々からは縁遠い、本来的であるがゆえに新鮮にも受け取れる狩猟民の自然観が窺い知れる。
 
現在星野道夫事務所にて作品の管理を務めていらっしゃる星野直子さん/自給自足で日本の山を旅する「サバイバル登山」を実践する服部文祥さん/自然の中で生きる人々を取材する事で私達の先祖がどうやって暮らして来たのかを探り続ける遠藤ケイさんといった星野道夫を中心として広がる方々から発せられるコンテンツも充実しており、様々な視点から「狩猟」について思いを巡らす事が出来る。
 
私達が生きて行く上で、狩猟というトピックから離れる事は出来ない。
何故なら(自ら手を下すか下さないかの違いはあれど)、狩猟の成果物である「食物」を食べる事なく生きて行く事は不可能だからである。
その意味で、この本は狩猟、牽いては我々と自然の関係性や食べるという事を再考するきっかけとなり得る一冊である。

 
 
 
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