広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.122

蔦屋書店・神崎のオススメ『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子  堀江敏幸著/中央公論新社            
 
 
読み終えたあと、この物語をどう表現すればいいのか、言葉を見つけられずにいる。
 
タイトルから想像できる通り、男性と女性の間に交わされた14通の手紙による物語だ。けれど二人の作家、小川洋子氏と堀江敏幸氏が描いたのは、想像を超えた世界だった。
 
手紙を交わす二人。男性は子どもの頃に左目を失明、その後の事故で右目も次第に見えなくなってしまった。女性は、小指一つも動かすことができない状態にあり、「まぶたをずっと、閉じたままでいること」を決断する。
 
かつて二人は愛し合い、一緒に暮らしていた。けれどある悲しい出来事によって今は離れて生きている。
 
二人の手紙は一緒にいた日々の記憶を書き尽くすかのように饒舌だ。昆虫の切手の思い出、閉ざされた世界で生きた人たち  ―アンネフランクやアウシュヴィッツの犠牲者たち―  への思い、実験台となった動物たちの話、渡り鳥の話、亀の涙を飲みに来る蝶の話…。けれど筆致はどれも静かで優しい。〝私〟〝ぼく〟という一人称がなければ、一人の手によるものではと思ってしまう。
 
ある日、海の事故で、女性の目の前で、男性の姪が亡くなる。女性はある残酷な決断をする。「私にはどうしても分からなかったのです。姪っ子さんを失った同じ腕で、どうやって自分の赤ん坊を抱いたらいいのか」。そして男性の前から去った。
 
離れてどれくらいの時間が経ったのだろう。女性から「まぶたを、ずっと閉じたままでいることに決めた」と手紙が来て、14通の文通が始まる。
 
この14通の手紙は投函されたのだろうか。『あとは切手を、一枚貼るだけ』。切手を貼ってポストに落とせば、相手に届く。たぶん、一通も出されてはいない、これは男性の一人芝居ではないだろうか。
 
女性は、もしかしたらもうこの世にはいないのかもしれない。見ることができない男性の光であった女性を思う気持ちが言葉となってあふれ出したのが、この優しい手紙たちなのだ。読み進めるうちに、そう感じ始めた。
 
物語は読み手によって感じ方も解釈もさまざまだ。
ぜひあなたの感覚で、この優しい物語を読んでほしい。
 

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