広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.110

蔦屋書店・犬丸のオススメ『まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平』坂口恭平 著/リトルモア

 

「坂口恭平」とは、いったい何者なのか。

作家、建築家、音楽家、画家、料理家、それとも革命家なのか。何者でもあって何者でもない。何者かに自分自身を括らない。

いわば「坂口恭平」は、「坂口恭平」を生きている。

 

坂口さんには、以前から興味があった。フィールドワークから書かれた『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(太田出版)では、路上生活者の達人が、どのように「都市の幸」で暮らしているかが書かれていた。その暮らしからは、路上生活にこそ社会のシステムから解放された自由が感じられた。わたしが未来に対して、心配し不安になるようなこと。それは、社会から押し付けられた「幸せ」の形から外れてしまう事であって、自らをその形から解放してしまえば、どんな形であれ、なんとかなるのではないかと、とても楽しくなった。

彼が描く絵も好きだ。『思考都市 坂口恭平 Drawings 1999-2012』(日東書院本社)に収められたドローイングの作品集は、二次元に四次元空間が詰まったようだ。坂口さんの脳内は、きっと四次元空間のようになっていて三次元が無限のレイヤーとして存在しているのではないだろうか。だから、いくつものことを同時に取り出して、また同時に収めることができるのかな。

考えれば考えるほど、不思議な人物だ。

 

その不思議な人物が自らを語っているという本書『まとまらない人』は、もう読むしかない。

3日間のインタビューをもとに書かれているので、坂口さんの口調そのままの文章は、実際にお会いして話を聞いているようだ。

坂口さんは現在、家族で熊本に住んでいる。最近の日課として原稿を書き、絵を描く。その他にも編み物に料理、散歩、そして「いのっちの電話」。

「いのっちの電話」は、坂口さんが、「自殺したい気持ちになってしまったらかけてきて」と、携帯番号を公開している。誰でもいつでも、坂口さんと直接つながれる番号だ。そこで死に向かってしまっている強い力の方向を少しずらすというのか、視線を変えるような会話をしている。電話をかけた人も意表を突かれ、力が抜けて「今日はやめておこうかな」という気分から、少しずつ日常に戻れるのかもしれない。今までに2万人くらいの人と話しているという事。

 

そしてさらに、読み進めると「何かつくってみようかな」「やってみようかな」という気分になる。それが、売れるとか売れないとか、なぜとか何のために、なんて全く関係ない。思いついたままに身体を動かす。もしくは、作っている途中は身体の方が先に動いていて、完成形を見たときに、「これが作りたかったのか」と気づくような感じ。心と身体が同時に動く。そんな時間の流れを味わいたくなる。坂口さん自身の心と身体の動き方に興味が湧く。

 

先日、坂口さんのトークイベントへ行った。坂口さんは躁鬱病を公言しているので、当日の体調がとても気になった。

確かイベント開始時間の20分前には着いたと思う。だが彼はすでに定位置に座りギターを弾きながら歌っていた。「うわ、本物」「歌、うまい」とかありきたりな言葉がグルグル回る。

事前に坂口さんへの質問を記入し、それに答えるというスタイルでイベントは進行された。『まとまらない人』にも書かれている、営業する「あきんど」的な坂口さんが出ているのか身振り手振りで熱く語る。即興の歌の詩は、坂口さんの脳内の映像をそのまま見れた気がして、そのまま思考の奥へ深く潜り込んでいきたくなった。やはり、心と身体を同時に動かせる人だなと感じるとともに、質問に答えるまでの一瞬現れる繊細そうな表情が印象的だった。

その後、直接お話しできる時間をいただけた。書店内で坂口さんが手に取る本は、多様でどれも気になるものばかりだった。『オリジン・ストーリー』(デイヴィッド・クリスチャン 著 筑摩書房)『身体のリアル』(押井守 最上和子 著 KADOKAWA)『レンマ学』(中沢新一 著 講談社)『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(ルシア・ベルリン 著 講談社)などなど。「知り合い」と言われて手に取られた一冊は『まとまらない人』にも出てくる熊本の橙書店の店主・田尻久子さんの『橙書店にて』(晶文社)。

ちなみに『橙書店にて』の中にも坂口さんは登場している。坂口さんが焼いたシナモンロールは本の中から香りが漂ってきそうなくらい、とてもおいしそう。

 

『まとまらない人』に書かれている「坂口恭平」も、直接お会いした「坂口恭平」も、どれも彼自身だが、彼のほんの一部分でしかないし、その一部分も何年か後には揺れる彼の中で変化していくのかもしれない。『まとまらない人』は「まとめるなんてできない人」であり、それが「坂口恭平」なのであろう。

イベントの中での誰かからの質問。「欝から抜け出すのには、どうするのですか?」

坂口さんの答え。「欝から抜け出せないことを自覚する。」

これを聞いた時、自分の身体をまた一つ許せる気がして、とても楽になった。

 

 

 

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