広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.149

蔦屋書店・江藤のオススメ 『きのうのオレンジ』藤岡陽子/集英社
 
 
正直に告白してしまいます。
私は、この本を読むのを先送りにしていました。
いや、本音であなたに語りかけたいから告白しますが読むのを避けていました。
 
「この本を、ぜひ読んでもらいたいのです。」
と知り合いの出版社の方から、発売前の仮綴じ本(プルーフ)が送られてきました。
この方のことは本当に信頼していて、これを江藤さんにぜひ!といって紹介してくれた本のほとんどが最高の本なので、おそらく間違いないとは思うのですが。
「がんの告知を受けた男性が主人公」というところで、二の足を踏んでしまいました。
 
子供が出来てからというもの、やたらと涙もろくなってきています。
しかも、最近は涙腺がバカになったのではないかと思うぐらい、やばいのです。
泣かせる意図もない場面でも、子供が頑張っている姿を見ただけで涙が出てきます。
すぐ泣いてしまうんです。
 
そう、この小説を読んだら絶対に泣いてしまう。
それでなくても最近の世の中には愉快な話が少ないのに、あえて泣きにいくこともないだろうと、そんなことを思って、気になりつつも放置したままになっていました。
 
しかし、この度、私が主催する「広島 蔦屋書店の読書会」で、発売前に読書会メンバーでこの本を読んで、みんなで語り合って、発売日を盛り上げる応援団になろう!という企画を立ち上げてしまったのです。
主催者のわたしが読んでいなくては読書会も成立しません。
しかも発売前の本を読んで読書会をするなんて前代未聞です。
しっかり準備するために、読まなくては!
 
読んだ結果はどうだったのか。
 
引っ張っても仕方ないので、早くも結論めいた事を書いてしまいますが
この本を読んだ後の私の素直な気持ちです。
 
「読ませてくれてありがとう。
お勧めされなかったら自分では手にとっていなかったかもしれません。
勧めてくださって本当にありがとうございました。
この本が読めたことは私の幸せでした。」
 
若干気持ち悪いぐらいに、感謝の気持ちが溢れてきています。
重い腰を上げて読み終わった途端に、180度方向転換です。
いや、360度?違う、540度は変わった。
 
ここまで私の気持ちを揺り動かした『きのうのオレンジ』とは
どんな小説だったのでしょうか、もう少し詳しく紹介してみます。
 
主人公は33歳の笹本遼賀という男性です。
独身で、ファミリーレストランの雇われ店長。
いわゆるブラックに近い職場ではあるが、それなりに仕事に対するやりがいもありました。
忙しく働いていた彼はある日胃の強烈な痛みに耐えかね、病院で検査を受けます。
そこで彼は自らの体が癌に侵されているのを知るのです。
 
遼賀は、特別な人ではありません。
ごく普通の33歳です。
だからこそ、誰もが彼に自分を投影してしまうのです。
自然に物語は自分の中に深く染み入ってきます。
 
この小説では、各章ごとに語り手が変わります。
主人公と高校の同級生だった看護師さんや、母親、弟など
それぞれの視点で遼賀について、彼を取り巻く状況について、語られていきます。
 
この視点の移動があることで、各章ごとの読み味も違って、ただ辛く悲しいだけの物語にはならないのです。
私は、1章ですでに涙が溢れて、読むのが辛くなっていたのですが、周りの人達の視点を通して物語を読んでいくうちに少しずつ心も落ち着いて、この物語を受け入れる準備が整っていったのを感じました。
そういった意味でも非常に読みやすい小説であるとも言えます。
 
視点が変わることで、伝わってくるものも変わってきます。
特に、死を扱う物語だからこそ、生をより強く感じることができるのです。
この物語の三章では、主人公と高校の同級生だった看護師の矢田泉の目線で語られます。
作者の藤岡陽子さんが現役の看護師であるからこそのリアリティのある描写で、非常に読ませるところでもありますし、またこの物語の中でもっとも生を感じるところでもありました。
「生きる」ということを強く感じさせてくれるとても大事な章です。
 
という感じで、各章についてそれぞれ解説していくと、どの章も本当に素晴らしい。
つまりどの登場人物もすべてが素晴らしく、すべての章にまた違った感動があります。
 
そして、物語を読み進めるための強力なフックとなる、ある一つの秘密があるのです。
これはこの物語全体を貫く柱となっており、ここにまた一つのドラマがあります。
この仕掛も非常に素晴らしく、この物語が特別なものになっている一つの大きな要因でもあります。
 
このままでは、この物語のタイトル「きのうのオレンジ」とは何なのかの解説までしてしまいそうです。これはみなさんが実際に読んで知ってもらいたいです。
そろそろ私の無駄な語りはやめておいたほうがいいでしょう。
 
病気もので、泣いてしまうような小説を苦手としている人は多いと思います。
私もその一人と言ってもいいかもしれません。
しかし、この小説だけはぜひ勧めたい!
 
絶対に後悔させません。
必ずあなたの心に暖かいぬくもりの火が灯るはずです。
 
 
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